
私たちは何時もの様にお喋りをして荷物を袋に詰めて一回に6個くらい持って帰りました。洋服等はかさ張るので袋やケースでどうしても手間がとられます。母は帰れる事を喜んでいますが、果たして母の「帰る場所」とは何処でしょうか。
たぶん母の生まれ故郷の満州なんでしょう…
母の帰りたい場所には今はまだ行けません…
何が母にとっての幸せなのか考えさせられます。
今日も母が元気でいたことに感謝です。
私の幸せは今こうして母と共に過ごせる時間です…
今この時間をかけがえのない時間としてブログを書いています。
楽しかった事…
うれしかった事…
苦しかった事…
悩んみ疲れた事…
なんでも書いて、おけばもし、忘れてしまってもまた思い出せるでしょう

では27日です…
母のところを訪ねると母は布団や毛布を丸めて帰る準備をしていました。
母はわりとしっかりした口調で話していましたよ。
そしてトイレに立った時、母は
「あっもれたかも…」
と焦りながらトイレに行こうとしたので、私が
「大丈夫よ…もし漏れてても私がちゃんとするから、お母さんは慌て転ばないように気を付けてね」
と言いながらトイレに行きました。母はトイレに入って、私が世話をやく様子に
「ごめんね…」
と言うので、
「あやまる事なんてなにも無いんだよ、私だって脳梗塞で倒れて入院してた時、ウンチがどうしても出ない時に看護婦さんが、指を入れて出してくれたんですよ。私も今のお母さんみたいに何度も謝っていたら、「何であやまるの?あやまることなんて何もないのに
」って笑って言われたのよ」って言うと、母は穏やかな顔になり、
「本当~?」
と言いました。私が
「私ヘルパーの免許とったのはお母さんの為なのよ…それに私抜けてるから働きに出られないから、お母さんにこうしてお助けできることに感謝してるんだよ」
と言ったら、
「そうだね、これからあんたの世話になるんだね、ヨロシクお願いします」
と言われちゃいました

「こちらこそ、ヨロシクお願いします(._.)_」
途中母の足に私の爪が当たることに気がつき、帰って爪をきりまし。でも日常的には一寸不便かな

母は最近私の顔をみると、「私の子供が来たよ」
と言ってくれます。お母さんは今日も元気でしたが、お茶をのむたび誤燕するのが気になります。
ご存じの方もおられるかも知れませんが、大動脈瘤が6センチを越え各部を圧迫すると、燕下が悪くなったり、声が枯れたりします。年のせいなのか、大動脈瘤のせいなのかわかりませんが、大動脈瘤の可能性は否定出来ないと思います。
お母さん…
あしたもまた来るからね♪


はハルカとDVD…寝たのはハルカも母も10時過ぎでした。母は10妙数えたくらいですぐ寝ていました。


