おはようございます

 

 

 

 

 

 

人の”死生観”は人それぞれ、正解もなく様々なのでしょう

育った環境や、経験、いろんなことが作用して、人それぞれの”死生観”が作られていくのかな・・・

私はひねくれていますので、”死生観”もひねくれてしまっています・・・

 

 

 

 

 

 

私が幼稚園に通っていた頃、祖父が亡くなりました

一緒に住んでいた大好きなおじいちゃんでした

 

お葬式の時のことです

棺の中で眠っている祖父の頬をなでた瞬間、隣にいた母に腕をつかまれ、そのまま洗面台へ連れていかれ

母から

”ダメ!”

と、言われ、手を入念に洗われました

 

私の心に

”ナゼ??”

 

という強烈な記憶が残りました

 

 

 

 

そして、数年が経ち、私は昼休みが大嫌いな小学生になっていました

友達と上手く遊べず、昼休みが苦痛に感じていた私は、図書室へ籠るようになりました

 

そこで、たくさんの本を読みましたが、今印象に残るのは

”戦争と平和”という本

 

世界の名作が、小学生向けにシリーズ化された本の一冊でした

このシリーズはほとんど読みました

内容も全て忘れましたが、記憶に残るシーンがあります

 

 

戦地へ行っていた兵士が亡くなり、恋人が傍らで死を悲しみますが、同時に

”冷たいものに触った感覚”

で、思わずさっと離れてしまうのです

 

 

数日前まで、恋人同士だった二人でも、悲しくても、こういう気持ちもあるんだ

 

”これだ!”

と思いました

祖父の頬を触った手を、入念に洗われた感覚はこれなんだと思いました

 

”生きてなきゃだめなんだ”

と、小学生の私に強烈に訴えかけてきた瞬間でした

 

 

大人になり、もう一度あの本を読みたいと、図書館の子供向けの本を探しましたが見つけられませんでした

本家本元をみると、三部作の超大作で、とてもじゃなく読む気がしませんでした

 

ネットで検索すると、”戦争と平和”という作品は、超大作で超難解

読み進めやすいよう登場人物の相関図までのっていました

 

今思えば・・・・小学生でも読めるように一冊の本にまとめられてあるうえに、小学生だった私に”生きなきゃだめだ!”って強烈に訴えてきたとんでもない本だったと思います

 

命の授業とか・・・命の尊さを教えてもらう機会があっても、私には響きませんでした

性格がひねくれてますから・・・

今もそんな子・・いるんじゃないかなあ?

 

 

 

 

大人になった私は、一時期、不動産屋で働いていました

管理戸数はそんなに多くない市内中堅といった会社でしたが、ハードワークでした

 

長時間労働、休日出勤当たり前というのが、業界全体の体質

私がいた会社は田舎なので、都会ほどではないものの、それでも繁忙期には3ケ月休みなしでぶっ続けで働きました

 

 

働きながら国家資格を取得し、手当ももらっていましたが、この業界から離れたいという思いが募りました

心身はヘトヘトになり、”もう辞めたい、死んでしまいたい”と思うようになっていました

 

 

 

 

 

そんなことを思っていた頃、私が働いていたわずか数年の間に、管理物件で自ら命を絶つ方がありました

いろんな記憶が走馬灯のようにグルグルします

 

 

家探しに来店された時の、幸せ一杯の姿

 

家族が壊れていく様子

 

住宅街の中を、猛スピードで走ってゆくパトカー

 

残された家族の暮らしぶりを直視できない自分

 

 

警察官が動き回っているなか、隣人が何事もないように出かけていきます

”何があったんですか?”と、聞くことも、問い合わせの電話が来ることも一切ない

 

そして、大切な家族を亡くした遺族の方とのやり取りもしなければいけません

 

そこにあるのは、

”現実・現実・現実”

 

いろいろな”人の死”との関わり方がそれぞれにあられると思いますが、私が関わった人の死は悲しい現実でした

 

自ら命を絶った人には、それぞれに計り知れない苦悩があったのでしょう

でも、ファンタジーの世界で死ねるわけじゃなく、現実の中でのこと

一人で生きてるんじゃない

 

”生きなきゃいけない”と思いました

 

 

 

 

さらに歳を重ね、ガンになり、死というものを身近に感じる経験をし、治療をする中で

”生きていかなきゃいけない”

 

と、さらに思うようになりました

 

 

悲しいことが、起きて欲しくない

 

すみません つぶやいてしまいました・・・

 

 

 

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