おはようございます
ネット検索はしないと決めていた私は、図書館の本を借りて読んでいました
それらの本の中で、一番ズド~~~~ンときた本が”余命1ケ月の花嫁”でした
たくさんの市民に、10年以上読み継がれてきたのでしょう
図書館の本なのに、使い込んだ辞書のように手あかがついています
私は、モデルとなった女性が、闘病される様子をドキュメンタリー番組でたまたまリアルタイムでみていました
24才という若さで乳がんの末期の状態になり、闘病される姿
恋人とのやりとり
友人らが手を尽くして、二人の結婚式を企画し、ギリギリの状態で結婚式が行われた様子
死の間際まで取材に応じた彼女の姿は衝撃的でした
そのとき、私が印象に残ったフレーズは
”あなたに、明日が来るのは奇跡です”
というフレーズ
かなり苦しそうな状態で、酸素マスクをつけ、友達との食事を楽しんだあとの言葉だったと思います
でも、10年以上の年月が流れ、自分も同じ病を得て、あらためて読み返すと、まったく視点が違っていました
イケメンの彼氏が発した言葉が、リアルに私に対してかけてもらったように感じました
ちえさん
”私に胸や髪がなくなってもいいの?”
イケメン彼氏
”胸や髪がなくても、ちえの性格が変わらなかったらいいよ”
ズド~~~~~~~ンときました
自分でもびっくりししました
よほど、おかしくなっていたんだと思います
乳がんの告知を受けてすぐの頃、急に世界が違って見えたというか・・、時空の隙間のどこでもない場所に振り落とされたような感覚でした
誰といても孤独で、透明の膜がはったカプセルに入れられたように感じました
私が一番孤独を感じたのは、他のお母さん達と混じるときでした
自分だけ、違う生き物のような感覚で、人との間に透明な膜がはっていました
そして、命のカウントダウンの砂時計が頭の上に乗っかって、その命の砂がサーっと落ちているのを体が強烈に感じていました
こんな感覚でこれからは生きていくんだあ・・・
もう・・戻れないんだなあ・・・
などと、思っていました
その頃は、それが一時的なもので、その強烈な感覚も、時間の経過や、治療をしていくことで薄れていく・・ということがわかっていなかった
母の死の直後、疲労の極みで乳がんを自覚し死の恐怖に怯え、心無い言葉をかけられたと思っても平気なふりをしたり・・
乳がんを受け入れないまま治療を進めたことで、失いたくないものを、もぎとられるように感じたりしていた
その時期に、私の心の中が、知らず知らずのうちに空っぽになっていったように思う
”心にポッカリ穴があいたよう・・・”とか言うけど、ああ~これかあ~~と思った
そんな状況になってみないと、わからないんだなあ・・・
健康な時って、心も弾力があって強いんじゃないかなあ・・と思う。
例えばこんにゃく くらい・・・
でも、病気になると、知らず知らずに心も弱ってしまって、もろくなるんじゃないかなあ?
例えば、豆腐くらいに・・
こんにゃく位の弾力があれば、パンチをくらったって弾き返せるけど、豆腐位のもろさだったらもう・・・無抵抗サンドバックっていうか、されるがまま傷ついちゃうんだろうなあ・・・
”心の隙間”っていうけれど・・、心がえぐれて、へこんでしまったときに触れたいろんなものが選別されずに、心の中にドカッと入っていくのかなあ?
そして、深く、深く入ってしまって、弱った状態では取り出すことも難しいのかもしれない
入ってしまった感情はしょうがない
自然な流れだったんだろう
ゆっくりでいいと思う
埋まらないもので、心を埋めることはできない
少しずつ元気になって、心も元気になったらいいのかな
少しずつ私らしくなれたら・・・
焦るな