こんにちは

 

~続きです

母は軽い脳梗塞から右手が麻痺し、その後さらに急速に状態が悪化します

積極的な治療を終え、入院しながら待機待ちをしていたのですが、起き上がった状態で体を支えられなくなり、その後数日で歩行できなくなりました

 

 

そして、視力も低下し、あまり見えていないようでした

数日後、左手も動かせないようになり、ナースコールが押せなくなりました

母は”ナースコールが押せない”状況を不安に感じるようで、夜が来るのを怖がるようになりました

 

父は”ナースコールが押せなくても、看護師さんは数時間おきに見回りに来てくれるんだから、何かあったらその時に言うようししたらいいよ 気にかけてもらうように言っておくから”

そう言うのですが 不安は大きいようでした

睡眠薬をだしてもらい、飲んでいました

 

急降下としか表現できないような、昨日・今日・明日・・・日々の変化がありすぎる感じで私達の気持ちも追いつきません

 

 

頻尿も悪化し、母も自力では動けなくなったことで 紙おむつを利用することになりました

しかし、意識ははっきりとしていますから、紙おむつが濡れている状態が気持ち悪いようで、尿がでるたびに交換して欲しいようでした

 

病院のほうで交換してもらえるのですが、当然”濡れるたびに”というわけにはいきません

自分で紙おむつを購入し、持ち込んで交換していました

父も”昼間はできるだけ交換するから・・夜は我慢するんだよ”

といいながら、新生児並みの頻度で濡れるオムツを交換し続けました

 

初めて、ドラッグストアで紙おむつを手にとり、レジの列に並んだとき、心が動揺しました

”親の紙おむつを買う”ということに、心が追いついていませんでした

でも、人間なんでも慣れるようにできているようです

2パック目からは、子供達の紙おむつを買っていた時と なんらかわらない感じで、日常に紛れていきました

 

この頃は 治療はしていなかったのですが、体力・筋力が衰えないようにと、毎日リハビリの方が病室まできていただいて リハビリをしていました

ベッドから車いすへの移動、院内を散歩してみたり・・・

でも、リハビリができたのも長くはありませんでした

 

ある日、いつものように見舞いにいくと、母は点滴をしながら寝ていました

”何かおかしい”とは思いましたが、そのまま待っていると、食事の時間になりました

母の分が運ばれてきません・・・

 

何かが起きている・・と思いましたが 聞きませんでした

しばらくして、看護師の方が来られて、”朝から眠ったままなんです”といわれました

 

この時点では、呼びかければ起きるのではないかと思いましたが、二度と意識が戻ることはありませんでした

 

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