小学5年の学年末、国鉄信楽線に乗車した思い出を話します。1982年3月のことです。

 もう少しマシな撮り方、できなかったのか・・・と悔やむような写真ですが 信楽駅にて

 

 当時は、信楽線の存続がニュースなどでも、流れるほどで、私が信楽線の存在を知ったのも、そのニュースからでした。

 草津から草津線に乗り、貴生川駅で信楽線に乗換。停車していたのは、キハ58-キハ35-キハ58の3両編成。デッキのある急行気動車と通勤電車103系と変わらないようなロングシートの気動車が一緒に連結して運転されていることに、当時、小学5年の私には衝撃的なことでした。

 信楽駅は、現在は駅前も整備され、ホームにはたくさんのたぬきがおかれて、その玄関口であることを主張していますが、当時の信楽駅には、そんな感じすらなく、ただただ山間の田舎駅でした。それでも売店は営業しており、活気はあったような気がします。ハイシーの自動販売機が懐かしいです。

 信楽では、何もすることなく、そのまま折り返したと思います。この時に乗車したキハ58が気に入って、翌年にも訪れています。1983年8月、当時は中学1年。鉄オタ歴が浅かった私は、信楽線には、ずっと、あのキハ58がいてると思い込んでいました。今から思うと、何とも幼稚な発想ですが、そのキハ58に乗りたくての再訪でした。

 無事、キハ58に再開しました。中間のキハ35の姿は無く、2両編成でした。ちょっと覚えていませんが、これ8月で窓が閉まっているということは、冷房車やったんですかね。

 この時は、友人と二人での旅でしたが、信楽では、陶芸を体験しました。この頃は、ちゃんと観光もしていたんですね(笑)。電話で申し込み、予約して・・・というのは、初めての経験やったと思います。宗陶苑という窯で、前回のNHK連ドラのロケ地になったところでした。でも、どんなところやったのかは、全く記憶になく、ただ陶芸の講師の方が、すごく美人できれいな女性だったことだけが記憶に残っています。当日は粘土で形作るだけで、後日、焼いて、自宅まで配送されてきました。早速、水を満たしたところ、見事に水が漏れてショックを受けたのと、陶芸の難しさを知りました。決して、美人の講師に、うつつを抜かしていたわけではありませんよ(笑)。

 

明日は、自宅にいないため、ブログを休ませていただきます。

 

本日もご覧いただきありがとうございました。

hide急行では、YouTubeとTwitterも公開しておりますので、ぜひ、ご覧ください。

hide急行YouTube
https://www.youtube.com/channel/UCsDE5NvDSarMaOWcJel3KKA/videos?view_as=subscriber

hide急行Twitter
https://twitter.com/next21exp