久しぶりの投稿です。
 
もう9月になりました。早いものです。
 
 
今大学生三年で6月くらいに就活のこと考え出しました。
 
色々調べていく内に就職後、仕事に対してすごい情熱を持った方々がいっぱいいらっしゃるなと思うのと同時に、「おれ、本当にこれやりたいことなのかな」と思ったりした。ただ、就活したら安定するし親も安心するだろう。
 
ただ、就職することに対して不安もあります。
 
大学で社会学専攻してて
授業とかすごく楽しい、でも就職したら、一切、大好きな社会学に触れなくなる。
 
サークルではミュージカルをやってて
サークルと言えども本当に長い時間ミュージカルに費やしたし、やりがいすごいあるので、ずっと続けたい。
 
ミュージカルを小劇場でやりたいなとか色々思いがあって9月に舞台に出ました。
その際に、6月にオーディションを受けました。
 
でも役者になると心の中で決まってないのにオーディション受けるのはオーディション見てもらう側にも失礼なことだと思ってました。でも受けました。そのきっかけを話す前に別の話をします。
 
話がだいぶ飛びますし、逸れます。
学校の授業で介護問題を扱った授業がありました。
 
『ある介護施設である老人ホームでの話です。老人たちの元気がないということで、職員が悩んでました。ある職員が考え出したのは「老人たちが今本当に叶えたいことを叶えたら元気が出るではないか」というものです。
 その職員が老人たちに「願いをなんでも叶えますので言ってください」と言ったところ、どの老人も自分が叶えたい願いをすぐに言えなかった。恐らく老人たちは老人ホームという環境で生活する中で自分が本当にやりたいことを考えることをしなくなってしまった。その結果、気力とか元気とかがなくなってしまった。
 それでもその職員が老人たちに食い下がって聞くと、ある老人が「近所のパン屋さんのあんぱんが食べたい」とポロっと吐き出しました。
 そして、その職員がその老人の近所のパン屋に行ってあんぱんを買って、その老人に食べさせました。その老人は本当においしそうに、そのあんぱんを食べたそうです。
 そのあんぱんを食べた後、その老人は「次は〇〇に行きたい、〇〇を食べたい」などとどんどん自分の願いをその職員に言うようになりました。』
 
これから分かることは、普段生活している環境(ここでは老人ホーム)にいるが故に、無理だと思い込んでる願いが叶うことで、他の願いを叶えたいという意欲が湧いてくるということ。僕にとってはあんぱんを買うということは当たり前にできることなんですけど、その老人にとっては老人ホームという環境にいることと、自分はもう自由に動ける体じゃないんだということであきらめてしまってる。だからあんぱんを買うことですら厳しいことだと思い込んでしまっていた。でも実際にあんぱんを食べるという願いが叶ったということで、老人は他の願いも叶うんじゃないかと思うようになった。
 つまり、小さな希望が叶うことによって、他の希望、また他の希望とどんどん希望を叶える意欲が湧いてくる。
 僕も正直サークルでしかやってないから、外の劇場で公演をうつのは本当に無理だなっていう思いがありました。おそらく老人があんぱんを食べるという願い以上に無理な願いだと思ってました。でも、もやもやしてるし、覚悟は決まってないけどやってみる。そう思ってやりました。もしやってみてダメだったらあきらめればいいし、よかったら続ければいい。よかったら自分が無理だと思ってたことができたという達成感も得られるだろうし、その達成感がこれから将来なにか選択するうえでの自信を裏付けるものになると思って。
 
心に揺れは確実にあるんだけどこのままやってやると思いました。
 
終わってみて本当にいい経験もさしてもらいました。それは他の役者さんの心遣いや気遣い、芝居対する意識、演出の方からの言葉とか、また他の役者さんからのアドバイス、周りの人がいたからこそ慣れた自分がいる。逆に周りの人がいなかったら、絶対なれなかっただろうと思った。役者は1人では生きていけないと思いました。
 
めちゃくちゃ楽しかったし、お客さんが喜んでる姿を見れて嬉しかった。それはサークルでミュージカルやってる時と変わらずの楽しさだ(勿論空気感は全然違うんだけど)
 
また舞台をやりたいと思った。でもこれをずっと続けられるのかという疑問も湧きました。
 
それは経済的な問題です。やっぱり自分は普通の大学生だし知名度も当然ないし、あまり集客できなかったこともあり、ギャラがあまり発生しませんでした。舞台に費やした時間とお金、対してギャラを見た時、これは続けるの厳しいかもと思いました。
 
でもやりたいんだな。またやりたいと思った。歌とか芝居大好きだし、もちろんダンスも好き
 
本当に生きがいではある
 
ただ、もう身内には迷惑かけたくないし、迷惑かけてもいいという精神性でこの先歩んで行っちゃだめだと思う。自分のためにならないし、自分自身でやっていかなきゃもう何やってもうまくいかない。