「恭仁京跡」で私は見た~こんなのありですか~
私のブログでは,たびたび京都と奈良のことを書いています。
というか,そもそもそれがこのブログの目的なんですが,ざっと数えてみると,京都・奈良以外の事を書いている回数の方が多いようです
「ネタが切れたんじゃないか」と思われるのも片腹痛いので,ここは一つ,初心に帰って,京都と奈良のことを,真正面から直球勝負で書いてみたいと思います。
ただし,筆力が衰えて来ましたので,投げた直球が山ボールになり,簡単に打ち返されてしまうかもしれませんが…
■京都はよく頑張った。感動した(ノ´▽`)ノ
京都と奈良は,日本の古都のツートップといっても過言ではありませんが,「平城京」と「平安京」は対照的な都と言えます。
「平安京」があったところは,今でも人が暮らしていますし,当時より格段に地域が広がっていますが,「平城京」があったところは見事に何もなくなって,広大な空き地になっているからです
「平城京」へ行かれたことがある方はご存知だと思いますが,正確には「平城宮跡」と呼ばれており,基本的には原っぱで,一部はグラウンドになったりしています。
一方の「平安京」は,先の戦争(勿論,「応仁の乱」です。笑)で,壊滅状態になりましたが,ちゃんと同じ場所で復興して,今日に至っています
■「平安時代」はいつ終わったのかヽ(~~~ )ノ ハテ?
日本の歴史で,天皇家は中心的な役割を果たしましたが,武士の台頭で,権威はあるが実権はない存在になってしまったのは,皆さんご存知のとおりです。
ただ,天皇がおられる所が「都」であり,そのことは今でも続いています
つまり,「都」があった場所で時代を区切ると,794年の「平安京」への遷都から,天皇が「東京へ見物に出かけられた」(笑)明治時代までの,約千年間は「平安時代」と言えますね。
ちなみに,現在,東京に天皇がおられるものの,正式な遷都の手続きが取られていないそうですから,「今も平安時代だ」と主張されている方もおられるそうです
■「恭仁京」の悲劇…○| ̄|_
記憶のよい方は,歴史の時間に「平城京」と「平安京」の間には何度か遷都があり,そのひとつに「恭仁(くに)京」というのがあったことを覚えておられるかもしれません。
何を隠そう,いえ,隠す必要はないのですが,私の家から車で15分ほど行った所に,「恭仁京」がありました
そんな近くにありながら,先日,初めて行ってきたのですが,ここは,「平城京」と同じで建物は何も残っていませんでした。
つまり,遠くから見ると,ただの空き地です
余り期待をせず近づいてみると,ポツポツと史跡らしきものが残っていましたので,ぶらぶらと歩いていると,「大極殿跡地」という表示がありました。
「大極殿」といえば,天皇の住居ですから「これは是非見ておかなければ」と,急いで行ってみたのですが,建物がないのは仕方が無いとして,衝撃の光景を見てしまいました
「百聞は一見にしかず」ですから,写真でご紹介したいと思います。
力自慢の方は,是非,起こしてあげてください
すぐ隣に,昔懐かしげな小学校が建っていました。もしかしたら,都があった場所の上に建っているのかもしれませんね。





