正しい「家系図の作り方」
しつこく,『徒然草』の作者,「吉田兼好」さんのお話です。
兼好さんは出家されたことから,「兼好法師(けんこうほうし)」とも呼ばれ,教科書では「兼好法師」で統一されているようです
私が『徒然草』を始めて読んだのは,中学3年生の時です。
なぜ,そんな事を覚えているのかと言いますと,私が通っていた私立高校には,何故か入試科目に古文があり,『徒然草』が出題範囲だったからです。自分から進んで読む訳はありません
■兼好さんは「健康」だったのかヽ(~~~ )ノ ハテ?
皆さんもきっとそうだと思いますが,始めて「兼好法師」と言う名前を聞いた時は,「きっと健康なお坊さんだったんだろうなぁー」と思い浮かべられたはずです。
実際,兼好さんは69歳まで生きられましたので,「おそらく健康な方だった」と思われます。兼好さんが,もし30歳位で無くなっておられたら,そんなややこしい名前は困りますね
もっとも,兼好さんが暇を持て余して暮らしておられた鎌倉時代には,「健康」という言葉はなかったと思いますから,兼好さんにとっては「そんな勝手なことを言うな(●`―´●)プンプン」という話ではあります
■兼好さんは「けんこう」ではなかったf^_^;
ただ,兼好さんは「けんこう」ではなかったようです。
兼好さんは生前は,「卜部兼好(うらべかねよし)」と呼ばれており,「吉田兼好(よしだけんこう)」と呼ばれるようになったのは江戸時代だそうです
ちなみに,「卜部家」は「吉田家」と「平野家」に分かれたそうです。
あなたが,「吉田さん」か「平野さん」でしたら,「私の先祖は兼好法師だ」と主張してみるのも面白いかも知れません
ただ,その時は「家系図」が必須アイテムですから,その手の業者に作ってもらいましょう。
間違っても,費用をけちって,自分で「コクヨのノート」等に書いては駄目ですよ
■そんなのありですか○| ̄|_
昔は,武士の間で「家系図」が売買されていたそうです。
お金が貯まると,家柄をよく見せるため,よい家柄の「家系図」を買い取って,その家系を名乗ったそうです
ちなみに,「豊臣秀吉」は藤原家の家系だと言い張っていたそうです。
ほとんど,「何でもあり」の時代だったんですね
まるで,「木村さん」が,「キムタクは,僕の遠い親戚らしいんだ」と言ってるのと同じレベルです。
人間の考えることは,いつの時代も同じような事だという事なんでしょうね

