この一連のブログをお読みいただくに当たり,最初に「用語の定義」
を書かせていただきました。
そこにも書かせていただいたのですが,奈良公園の周辺には公園と一体化している場所が沢山あり,「一体どこまでが奈良公園なんだ!」状態です
ということで,このブログの奈良公園とは,「ほとんど奈良公園といってもいいところ」も多く含まれています。
今回,ご紹介する「猿沢池」も,奈良公園に隣接しているものの,道路を隔てたところにあり,奈良公園に含まれるのかどうか私には分からないのですが,池自体は由緒ある場所のようです
◇地元の方や観光客の皆さんの憩いの場所です
現在の「猿沢池」は,池の周囲が綺麗に整備され,地元の方や観光客の皆さんの憩いの場所になっています。
設置されているベンチに座って,池に沢山いる亀をぼんやり眺めている方や,もっと積極的な方は売店で売っている亀のエサを購入して,食べさせてあげたりしておられます
亀君が優雅に泳いでいます。かなりの数がいるので,ちょっとぶきみではあります
ここの亀君も鹿君と同じで,エサをもらうことに慣れているようです。
私が,亀君を撮影しようと一番集まっているところを探していると,何と,亀君のエサを売っている売店の付近にたどり着きました。ここで,待っているとエサが貰えることを学習したみたいです
その場所で撮影をしていますと,亀君が沢山集まって来てうまく撮影ができたのですが,「何や,エサくれへんの?」という亀君たちの視線に耐えられず,そそくさとその場を離れました
◇采女神社(うねめじんじゃ)
猿沢池の隣に,「采女神社」という春日大社の末社があります。
秋(仲秋の日)に,「猿沢池」に,奈良時代の装束をまとった女性が乗った,龍の形をした船を浮かべる,優雅な例祭で有名な神社ですので,ご存知の方もおられるかもしれません
「采女神社」の入り口です
この神社の由緒は,下の写真の立て札に書かれているとおりなのですが,簡単に書きますと…
「奈良時代,天皇の寵愛が薄れたことを嘆いた采女(女官)が猿沢池に身を投げ,その霊を慰めるためにこの神社が建てられた」そうです
「采女神社」の由緒
それを読んで,私は深く考え込んでしまいました。
奈良時代の話ですから,今の池と同じ形状とは限らないとは思うのですが,この池は結構,水が濁っているにもかかわらず,水底の石などが見えますから,深く見積もっても周辺部の水深は50cmくらいと思われます
そんな池に身を投げたとしても,溺死するのはちょっと無理だと思います。多分,飛び込んですぐに「あれっ」と立ち上がってみたら,水位がひざ上少しまでしかなかったという笑い話になるような気がするんですね。
まー,頭から飛び込んだとしたら,水底で頭を打って気絶し,溺死すると言うことも無いではないですが,それでは笑い話になっても伝説にはなりにくいですよね
◇回転する御殿
平城京は,奈良公園から数キロ離れたところにあり,当然,天皇の住まいである御所もそこにあったはずです。
で,先ほどの由緒が書かれている立て札を読み進めると,「采女の入水した池を見るのは忍びないと,一夜のうちに御殿が池に背を向けた…」という,大胆なことが書いてあります。
つまり,「猿沢池」から数キロも離れたところにある御殿(御所)が,回転したと言うんですね
住んでいる建物がいきなり回転しだしたんですから,天皇は勿論のこと,お付の方も含めて大混乱になったでしょうねー。
きっと,その後,「猿沢池」への投身を禁止するお触れが出されたことは,想像に難くないです
ちなみに,「采女神社」は,その由緒(悲恋の物語)にもかかわらず,恋愛成就の霊験あらたかな神社とのことですから(神社にそう書いてありますので。笑),「婚活」をされている方は,だまされたと思ってお参りになってはいかがでしょうか
「采女神社」は,悲恋の由緒があるのに,何故か「えんむすび」の神社だそうです






