本日、一時的にに入所してた介護施設から母が戻って来ました。今日から自宅での介護が再開です。
息子の訃報から一月半ほど入所してもらってました。正直、これから先介護をしていく自信も気力も有りませんでした。
入所してから1ヶ月以上、母に会いに行かなかった。会いたくなかったのが本音。
2年間会いに行けなかった息子のアパート。
母は悪くないのだが、介護をしてなければ息子に何回かは会いに行っていた。会いに行けてれば息子の異変にに気付けてたかもしれない。
頭の中にそんな考えが有ったからだ。
でも、介護を引き受けたのは自分。これはただの罪の擦りつけ。
5月19日
母に会いに行く事にした。
久々に対面した母は元気そうで笑いながら色々と話始めた。その嬉しそうな顔を見たら見捨てる様な事は出来なかった。
息子(孫)の死は理解しており、何故なくなったのか聞いてきたので説明をすると目に涙を溜め、グッと我慢をしてた。こんな母を連れて帰らず、施設で残りの人生を過ごさせたらまたまた後悔してしまう。
やれるだけやってみよう。そう決心した日でした。
母の病気歴は
28年程前に舌癌(舌先少し切除)完治→8年程前に再度同じ箇所に舌癌(舌先切除、再建)→5年程前に舌癌通院中に転び股関節粉砕(人工骨頭)→リハビリ中(コロナ禍)に肺に転移(ステージ2のB。右肺の体中央より。手術は難しく、免疫療法的なのをやってたと思う)→3年半程前に脳梗塞(リハビリ2週間程でつかまり歩きまで回復)→入院中に血尿と下血(下血の場所がカメラで分からず2週間も様子をみられた)→催促して他の病院で検査(場所分かる。凝固止血)→この病院で多発性骨髄腫の疑いと言われる(母、髄液検査拒否)→既に自力歩行は不可、血尿が出る為、3〜4ヶ月で輸血→
熱が出て震える→敗血症(2度。次、熱が出ると使える抗生物質が無いと言われる)。最後の入院から8ヶ月程。今の所は凄く調子が良い。
貧血起こす為に中止していた歩く練習も今回の入所先で週5でやってたらしい(笑)その甲斐が有って平行棒で往復3回歩いてるとか…
頑張れ母!まだまだ長生きしてもらわないと。