何を感じ、どう想い、どんな経験をして成功に至るのか。 夢とは、人生とは、成功とは何か? 自分自身に常に問い続ける。はたして俺は、成り上がることが出来るのか、はたまた・・・このブログが、その軌跡となるのだ。
このまま平凡に老いぼれていく。なにもかも受け入れてしまう。
怒りや悔しさも、遠い記憶でしかなくなってしまう。
それって本当に生きているといえるのだろうか?
俺っていったい何のために生まれてきたんだろうか?
人生って? 幸せって? この答えを明確に答えられる人ってのは
自分の人生を、命いっぱいに生きている人じゃないかと思う。
俺も生きたい。 皆さん、そう思いませんか?
我々人間は、今、地獄で生きている。死んで地獄に堕ちるのではない。人はすべて地獄に生まれてくるのだ。しかし、その地獄の中で、時として思いがけない歓びや善意、友情や奇蹟的な愛情に出会うことがある。人として生まれてきたことに心から感謝する瞬間がある。その一瞬を極楽というのだろう。極楽も地獄も、こうして生きている現世の中にある。 地獄という暗闇の中だからこそ、人の善意や温もりがキラりと光るのだ。この世は地獄。苦痛、憎しみ、嫉妬、怨嗟、狂気の渦巻く世界に生きることが当然であることを理解すればいい。そんな世界にいるからこそ、かけがえのない大切なものを見つけることができる。心から感謝を抱くことができるのだろう。我々人間は、すべて地獄の住人なのだ。
努力をすれば、望んだものが得られるなどと期待してはいないし、そんな夢物語を信じては いない。それでも、得るために力を尽くしたいのだ。失敗を恐れて、座したまま滅びを待つなど出来はしない。怖いから、辛いから、苦しいからと、その場で座り込んでしまえば、その時点で負けは確定する。ガタガタと膝が震える怖さがあろうと、這ってでも前に進むべきだろう。九死に一生を得るために。何よりも、俺が俺であるために。怖いよな。夜も長い。酒に溺れたりもする。生きてるからだろ。俺のことを誰も理解してくれなくても、俺だけは、自分だけは、自身自身を理解してやろうぜ。信じてやろうぜ。今夜も乾杯しよう。今日を生き抜いた自分に。明日への希望に。乾杯🍻✨
本を肴に飲む酒も、とても味わい深い。それぞれの一生という水滴の旅を終えて、やがては海に還る。母なる海に抱かれてすべての他の水滴と溶けあい、やがて光と熱に包まれて蒸発し、空へ昇っていく。そしてふたたび地上へ。…非常に感慨深いのだ。壮大な輪廻の中で、こうして生命体の中で魂として自分が存在している。こうして酒で癒され、酒で麻痺させながら生きるということも大事だが、例えば海の広さに圧倒され、空に煌めく宇宙銀河の想像すら出来ない途方もないものに感性が触れた時、その感動に魂そのものが浄化されていくのを感じる。どれほどの悩みや苦しみ、自死を考えることすら、どうでもいいほどの小さなものにしか感じられなくなるのだ。大河の一滴に過ぎない自分が、こうして酒を飲んでいる。そんなことを意識して飲む酒は、また格別に美味いのだ。今夜も乾杯🍶✨そして、こうして生かされていることに感謝🙏✨
境遇や環境により、普通よりも厳しい生き方をせざるを得ない場所に立つことがある。苦しくとも背負わなければならないことがある。しかし、それが悪いとは言い切れない。人は、重いものを背負って生きていた方がいいかも知れないからだ。結局、自分自身がすべてを決断し、すべての責任を負うしかないのだ。苦しい、辛い、死にたい。今、そんな中にいる人は少なくないだろう。それは決して自分だけではないのだ。何より、背負った重みの分だけ、紆余曲折、歩んだ道のりの過程によって、陰影のある鮮やかな人生が彩られるんじゃないかと思うのだ。俺は、今、生きている。
衆議院選挙も佳境に入った。日本…この愛する日本…その愛する日本は病んでいる。末期ではないかと思うこともある。そんな中、日本を憂い、懸命に 訴えている人達がいる。懸命に闘い続ける人達がいる。日本はまだ間に合う。本気で日本を変えたい。地域を救いたい。故郷を支えたい。若者に希望を与えたい。日本の文化を守りたい。日本人よ立ち上がれ。力の限り懸命に訴えるその姿は、魂の叫びとなって聴衆の心を鷲掴みにする、心を揺り動かす。涙を流す人。拳を握り締める人。勇気を振り絞り声を上げる人。力強く拍手を送る人。何とかしてくれと託すような、祈るような眼差しを向ける人々。魂の叫びは、魂を激しく揺さぶるのだ。日本を何とかしなければいけない。これ以上、政治屋共に日本を壊されてたまるか。今回の衆議院選挙、日本のターニングポイントになるような気がしてならないのだ。今、日本は暗闇の中にある。しかし、夜明け前が一番暗いのだ。夜明けは必ず来る。日はまた昇るのだ。日出る国、日本🇯🇵明日。いよいよ投票日。奇跡を見たい。希望を見たい。日本、夜明け前🇯🇵
母と妹の安全は確保出来た。 それは、僥倖に巡り合えたと思っているし、護られ導かれたのだ、とも思っている。間違いなく、この先、安全に生きて行けるだろう。生活の保証と共に、外敵からも守られた、限りなく安全な鳥籠に入る事が出来た。しかし…安全と保証そして自由、それを引き換えにした代償はなんだろうか?鳥籠の中で生きる小鳥は幸せなのだろうか?しかし…鳥籠の中でしか生きられないのもよく分かるのだ。命があるだけ幸せだと、自身だけでなく、周りの人間に見守れながら生きる幸せもある。安寧な最期。それを願ってやまないのだ。どうか、どうか穏やかに人生をまっとうして欲しい。
墓など必要ない。そう思ったときもある。しかし墓、いや墓標は、残された者が必要とするのであって、生きてる人間が、死んだ人間に対して出来ることなど、何一つとしてないのだ。残された者が、死んでしまった人間を忘れないために、自分を癒すために、正当化するために、何らかの理由を見つけるために、墓標を必要とするのだ。俺の死後、どんな影響があるのかは分からない。さざなみ程度も、あるのかどうかも分からない。でも、たった一人でも、その者の心に何かを刻むことが出来たなら、俺が生まれてきた意味があるのではないか。それこそ、俺が望む墓標になるのだ。どう死んでいくのか、まして墓標を建てられるのかさえ分からないけれど、恥ずかしくない生き方をしたいと思う。それ自体が難しい生き方だけれど、大切だと思う人の心の中に墓標を建てられたならと、そんな生き方をしたいと心から望むのだ。酒が進んでしまう。酒、料理に加えて、酒場の雰囲気にどっぷりと浸かり込んでいく。まさに底なし沼のようだ。それが心地いい。酒を飲みながら、想いは四方に飛ぶ…気付けば、3時間になろうとしている。退屈などない。楽しいのだ。ずっと、酒の中で、想いの中で、漂いながら気持ちよく酒を煽り続けている。デザートは、具沢山の茶碗蒸し。銀杏、海老、栗、椎茸、蒲鉾、鱈、鶏、三つ葉、柚子、他なんだろ?具材具材具材の玉手箱。なんて贅沢。とにかく美味すぎ。今夜も、こんな素晴らしい夜に乾杯。そして、感謝。
望まなければ、何も生まない。望みに見合う努力をし、努力をした自分を信じる。望めば、きっと叶……ぅ努力は、きっと報われ……ル
賽は投げられたのだ。もう、後戻りは出来ない。どんな目が出ようと、どんな結果になろうとも、行く道を行くしかない。一見、行き止まりの様に見えたとしても 、獣道であろうとも、進むべき道は必ずある。そして、それがどんな道であろうとも、歩みを止めることはない。怖いか?と聞かれたら、やっぱり怖い。不安や恐怖に捉われそうになる。それでも、行くしかないだろう。ともかく、今夜は酒を飲もう。酒に逃げてるのか?…逃げたとして、何が悪いのだ。既に一歩、踏み込んでいるのだ。その結果は、酒を飲んでいようがいまいが、そんなことは全く関係がなく必ず訪れる。今は、静かに待てばいい。酒があって良かった。心からそう思う。俺が俺でいられるのだから。だから… 自分に乾杯。これから訪れる何かに、乾杯🍶✨今夜のこのひとときは、酒を楽しもうぜ。✨
ガタガタと店の扉が震えている。吹き荒ぶ風の音が、暖房の効いた店内なのに寒々とさせる。心底冷え込むこんな夜は、熱いモツ煮込みと酒が身体に染み渡るのだ。『ウマッ、最高、何これ、うわっ』隣のお客さんが発する心の声がダダ漏れ(笑)もう一方の隣りからは、『今の若いモンは〜』の昭和世代の愚痴トークが花盛り(笑)そんな酒場特有のBGMに、酒飲みテンションは上がってしまうのだ。そして一人酒の醍醐味は、想像力、思考力。想いは四方八方に飛び、感情は起伏に富む。退屈も無ければツマミにも事欠かない。酒が進んで仕方がないのだ。今年も酒に溺れる日が多いのだろう。良いさ。人生は短い、楽しみましょ。一月も、早10日。時間は無慈悲に進み続ける。カウントダウンは、否が応でも進むのだ。残された時間は、長くはない。喜怒哀楽、今を懸命に楽しみましょ。PS.ドミノ倒しのようにカウントダウンが進む。パタパタと倒れる音が聞こえってくる。近づいて来るのか、遠ざかっているのか…。残響。心の中でやけに生々しく聞こえるのだ。焦燥感はない。諦念、いや待ち望んでさえいるのかも知れない。それを、淡々と受け入れようとする自分がいる。モツ煮込みが美味すぎる。スープだけで、酒が進んでしまうのだ。なんて罪な料理だ。…気付けば、ボトルも2本目😅✨こうして酒が飲めることに感謝。今夜も、乾杯🍶
令和8年、元旦の空は蒼く澄み渡っている。ゴルフクラブを振る。ボールは大空に舞い上がり、蒼穹に吸い込まれいく。その軌跡は、希望の轍のようにも感じられるのだ。良いなぁ。最高の時間だ。ゴルフの後は、新年会。友人宅で、酒とご馳走をたらふく頂く。令和8年。最高のスタート。そう言えば今年は、昭和元年から起算すると、満100年となる年でもある。激動の時代。さぁ、行くぞ。
今年も、無事にこの日を迎えることができた。55回目の誕生日。振り返れば、楽しいこと、嬉しいこと、苦しいこと、様々な場面を思い出す。何より、何度かあった危機を無事に凌ぎ切ることができた。護られ導かれて、こうして今があるのだと、つくづく想う。感謝しかないのだ。今年は、自分の進むべき道を定めることができた。この歳になって、やっと見えて来たものがある。決して遅くはない。むしろ、見つけることができたこと自体が幸福なのだ。一方で、死に魅せられることもある。死に方を考えた時、生き方も見えてくる。とは いえ、死ぬためだけの闘いなどしたくはない。勝ちたい。心のどこかで、それは考えているのだ。勝つために闘い、そのために死ぬのなら、命を賭けることくらいはするだろう。世間はクリスマス一色。そんな中でも、ここ靖國神社は、いつもの厳かな雰囲気に包まれている。一年を振り返り、感謝と来年への決意を宣言することができた誕生日。何度でも言う。俺は、護られ導かれて、ここにいるのだ。55歳、誕生日おめでとう。
強くあろうとした。それは、弱い自分を強く自覚していたからだ。強くなりたい。強く生きたい。自分が弱いと思う裏返しだった。見返してやるという思いがあった。その思いは、消えることなく、ここまで来た。死ぬというのは、どういうことだろう、とよく考えた。だだの、人形のようになることだ。そして、少し時をかけて土に還るということだ。若い時は、死が怖かった。いや、犬死にの様に死んでいくことが怖かったのだと、今ならわかる。しかし、そんな死は、どこにでも転がっているのだ。遠からず、自分も死ぬ。人は皆、死に向かって生きているのだから。どこで果てようと、それは自分の運命だろう。それまでは、喜怒哀楽、存分に味わい尽くしたらいい。今は、こうして酒を楽しもう🍶✨