ヒーラー/リーダー/感情カウンセラーのHideです。

 

 

今回、久々にプロフィールを書き直そうと思い、

書き始めています。

 

 

以下、

プロフィールと過去の振り返り①になります。

 

 

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プロフィール

 
Hide
 
トラウマヒーラー/潜在意識リーダー/
感情カウンセラー/
 
覚醒塾ティーチャー/
自分らしく稼ぐ8ステップファシリテーター
 
 

長野県・白馬村在住

 

1970年代後半、神戸市に生まれる。

 

幼少期から世の中に生きづらさを感じながら育つ。

 

学歴信仰のあった時代で、

いい大学に入り、いい会社に入る、というレールに乗った人生を歩む。

 

一方で、大学時代から、

自己否定、劣等感を何とかしようと、自分探しを始める。

 

そして、埼玉でエンジニアとして働く傍ら、

様々なセミナーに参加し、本格的に自分探しを進める。

 

その中で、ある程度は楽になったものの、

深い自己否定や劣等感は、なかなか改善されなかった。

 

そんな中、縄文時代にルーツを持つヒーリングに出会い、

本来の自分が自然と出てくるようになる。

 

その後は、

そのコミュニティの中で、自己成長を進める。

 

エンジニアとして働く傍ら、

副業として、リーディング、ヒーリング、感情カウンセリングを始める。

 

そして、2018年、

北アルプスの麓(長野県・白馬村)に移住。

 

山に抱かれた環境の中、

ヒーラー、リーダーとして、潜在意識をクリアリングし、自然と、自分らしく生きられる”心のベースづくり”を行っている。

 

 

 

 

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以上、簡単なプロフィールになります。

 

 

そして、

以下は、長めのプロフィールになります。

 

 

もしご興味ありましたら、

お読み頂けたらと思います。

 

 

 

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過去の振り返り①(詳細プロフィール①)

 

神戸

 

生まれは神戸。

海の近く、少し坂を登ったところでした。

 

 

元々は、別荘地のあったような場所で、

海と山のある、気持ちの良い場所でした。

 

 

お婆ちゃんに可愛がってもらっていて、

美味しいものを食べに連れていってもらっていました。

 

帰ってくると、

よく口にお好み焼きのソースがついていたのだとか。

 

 

香川

 

そこから、少し山側に引越し、

幼稚園の時に、香川県に引っ越します。

 

親が転勤族で、よく引越していました。

 

 

香川は田舎で、自然が多く、

よく遊びました。

 

セミやザリガニをとったり、

塀の上に登ったり、神社で遊んだり。

 

 

お祭りも盛んで、

太鼓の音をよく覚えています。

 

今思うと、古き良き日本で、

ここは、自分の心のベースにあるように思います。

 

 

埼玉

 

小3の時に、

埼玉県南部に引っ越します。

 

会社の社宅で、

社宅内に公園がある環境でした。

 

 

当時のことはよく覚えていないのですが、

担任の先生と合わず、問題児扱いされていたそうです。

 

その過程で、

「ピエロを演じて、笑わせる」ということを始めた記憶があります。

 

 

香川の時のような素の自分では適応できず、

「偽りの自分」を演じるようになりました。

 

 

ただ、それは、それなりに機能していて、

小4以降は、ふざけて、クラスを盛り上げたりしていました。

 

特に小4の時の担任の先生とは合っていて、

それで助けられたようです。

 

 

また、小5まで進学塾に通っていましたが、

体調を崩して、止めてしましました。

 

東京にテストを受けに行くのが辛かった記憶があります。

 

その貯金があったため、

ふざけているけど、勉強はできる、という、生意気な生徒だったように思います。

 

 

ある日、廊下に立たされた時に、友達が学校を「脱走しよう」と言い出し、

行方不明になった、と大騒ぎになったこともありました。

 

よく校長室に呼び出されていました。

 

 

「偽りの自分」ではあるものの、

自分の本質にもある性質だったのでしょう。

 

カマキリやカブトムシをとったり、サッカーをしたり、ゲームを作って、休み時間にみんなで遊んだり、

楽しかった記憶があります。

 

 

中学

 

中学に上がる時に、埼玉県内で引っ越し、

次に、中2の時に、神戸に戻ります。

 

その過程で、

少しづつ、心を閉じていったように思います。

 

自分を知ってくれている友人のいる環境から、誰も知らない環境に移っていくうちに、

自分の殻に閉じこもっていきました。

 

 

特に、久々の関西は、距離感が近く、ツッコミも怖くて、

いちいち傷ついていました。

 

思春期だからか、「人は死ぬとどうなるんだろう」と考えたり、

ネガティブな感情に呑み込まれたりもしていました。

 

父親も、大阪の仕事が大変だったらしく、

そういった影響も受けていたのかもしれません。

 

まさに反抗期で、父親とぶつかっていて、

理解されることを諦めた記憶があります。

 

壁を殴ってストレスを発散したり、

風呂のドアを蹴って、ガラスの破片で、足が血だらけになったこともありました。

 

 

ちょうど進学塾に通っていたので、

勉強に集中して、殻に籠もって、自分を保つようになります。

 

この時が、一番勉強していたのではないかと思います。

 

 

ちなみに、この頃、弟の影響で聴き始めたB'zは、

その後も、ずっと心の支えになっていました。

 

 

高校

 

進学塾に通って、有名私立高校を受けたのですが、受からず、

県立のトップ高に進みます。

 

中学は陸上部でなかなか大変だったので、

高校は、ゆるそうに見えた山岳部に入ります。

 

しかし、意外と大変で、

慣れるまでは、荷物が重くて、泣きそうになりながら登っていました。

 

 

毎日、学校の裏山に登るうちに慣れて、

六甲山に登ったり、北アルプスに行ったりするようになります。

 

 

カラオケに行ったり、麻雀をやったり、

色々なことをやっていました。

 

クラスではあまり馴染めていなかったのですが、

山岳部で、色々なことを学んだように思います。

 

 

また、この頃の心の支えは、

「お笑い」でした。

 

千原兄弟がまだ大阪にいた時期で、

大阪の芸人やダウンタウン、さんまさんなど、お笑いばかり見ていました。

 

中学からずっと関東の言葉が残っていたのですが、

「お笑い」を見ているうちに、ようやく関西弁を話せるようになったのでした。

 

 

大学

 

浪人をして、国立大学の理学部化学科に進みます。

 

高校受験で燃え尽きて、高校ではあまり勉強していなかったのですが、

そこまでの貯金を生かして、なんとか、浪人して合格しました。

 

勉強に関しては、どこか「勉強しないといけない」という脅迫観念があったので、

受かって、ホッとした記憶があります。

 

 

ただ、本当は物理学科に行きたかったところ、

センター試験の国語で失敗して、妥協して化学科に進みました。

 

そのため、物理化学はできるけれど、有機化学はてんでダメ、

といった状態でした。

 

「本当は何をしたいんだろう?」と、

迷いながらの大学生活でした。

 

 

サークルは、山岳部の先輩の誘いで、混声合唱団に入ります。

 

歌は小さい頃から好きで、

よく家で歌っていました。

 

中学からはB'zやチャゲアスなどを聴き始め、

高校では、よくカラオケに行っていました。

 

合唱にはあまり興味はありませんでしたが、

歌いたいと思って、入ったのでした。

 

一人暮らしを始め、サークルの飲み会があったりして、

わかりやすく、大学生活を楽しんでいたように思います。

 

ただ、カラオケは好きだけど、合唱にハマる訳でもなく、

勉強も、迷いながらで、自分探しに入っていた時期でした。

 

 

途中、有機化学の単位が取れず、

留年して、実家に戻ります。

 

ずっと強迫観念的に頑張って走ってきた面があったのですが、

一度それを止めて、自分と向き合った期間だったように思います。

 

サークルも辞めて、学校の授業も、1学年下の人たちと一緒だったりして、

遊ぶ人も限られて、籠もっていた時期でした。

 

 

ちなみに、この頃の心の支えは、サッカーでした。

 

中田英寿選手がイタリアで活躍していた時期で、

そのキラーパスに、美しさを感じ、ファンになったのでした。

 

その流れで、トルシエジャパンも見始めて、

ヨーロッパに、サッカーを見に、一人旅に行ったこともありました。

 

セリエAや、

日本代表の試合(サンドニの悲劇)も見てきました。

 

 

また、フットサルを始めたのも、この時期でした。

 

 

それから、何とか単位をとって、研究室に入り、

大学院(物理化学専攻)へ進みます。

 

 

研究室は研究室で、

一つの社会。

 

色んな年齢の人たちがいる、狭い社会で、

面白かったです。

 

私の担当の先生は、放任主義で、

研究はいまいち進まなかったです。

 

ただ、自主性が重んじられる環境で、

勉強と基礎研究を進めた経験は、今につながっているように思います。

 

理学部だったので、

自然と「本質を探究する思考」が身についたように思います。

 

 

また、この頃に自分探しは始まっていて、

斎藤一人さんの音声をMDに入れて、聴いたりしていました。

 

 

埼玉

 

物理寄りに進みたかったので、

電子部品の会社に、エンジニアとして就職しました。

 

ちょうど就職氷河期で、なかなか決まらず、

自己分析など、自分と向き合って、何とか受かったのでした。

 

面白いことに、

小学校に住んでいたことのある埼玉に、また戻ってきたのでした。

 

 

寮に入って、研修に行ったり、同期や先輩と遊んだりして、

これはこれで良い思い出です。

 

この頃、寮でお金があったことと、東京が近かったため、

本を読んだり、色んなセミナーに出るようになります。

 

右脳開発、精神世界、ヒーリング、お金と心のセミナー、スピリチュアルカウンセリング、内観、

などなど、、

 

 

 

一方、会社では、人間関係に悩んでいました。

 

タバコを吸いながら、悪口を言っているような先輩が多く、

なかなか馴染めませんでした。

 

感情を閉じたりしつつ、

行きのバスの中で、斎藤一人さんの音声を聴いたりして、なんとか頑張っていました。

 

 

そういったことが、セミナーに出たり、本を読んだりする中で、

少しづつ楽になっていきます。

 

しかし、深い部分の自己否定や劣等感は、

なかなか消えませんでした。

 

 

そんな中、

大阪で、本田健さんのセミナーが開催されることを知ります。

 

 

 

なぜかわかりませんが、何かが変わる気がして、

勇気を持って、参加します。

 

そのセミナーの1日目の帰りに、

エレベーターで、どこかで会ったことのある気がする女性と出会います。

 

2日目に、ここがいい気がして座ると、

隣の男性は、本田健さんのメンタープログラムを受けていたヒーラーさんでした。

 

また、その方は、

1日目に知り合った女性と知り合いでした。

 

話していて、自分が知りたかった本質を知っているような気がしたため、

そのヒーラーさんのセミナーに行ったり、セッションを受けたりするようになります。

 

 

また、この頃、八ヶ岳で、

「ソース」というプログラムを受けます。

 

 

 

自分のSource(源泉)を発見するプログラムです。

 

自然豊かなログハウスで、ワークをやっていると、

「ヒーラー」という単語が出てきます。

 

 

ずっと理系で勉強してきて、そのレールを歩んできたので、

感覚的にはしっくりきたものの、戸惑いました。

 

理系のエンジニアなのに、ヒーラー??

 

 

ある日、ヒーラーさんから、

「ヒーリングの能力開発したけど受ける?」と言われます。

 

何かはよくわからなかったのですが、信頼していたので、

受け始めたのが、今自分も行っているヒーリングでした。

 

 

受けると、何となく楽になった気がして、

20回(1クール)受け終わった時には、ようやく解放された気がしました。

 

これまで何をやっても変わらなかった、深い自己否定、劣等感がゆるんで、

本来の自分が、解放されて、自然と出てきたように感じました。

 

 

そのヒーリングは、

元々、縄文時代に治療技術として使われていた智慧でした。

 

 

そして、平安時代以降は、

日向(宮崎県)の陰陽家(治療担当家系)で、一子相伝で脈々と受け継がれてきたそうです。

 

そのため、700~800年の間は、

一部の人しか受けられない、秘伝の智慧でした。

 

しかし、後継者がいなくなり、潜在能力者が見つけられ、

その方から能力開発を受けた一人が、そのヒーラーさんだったのでした。

 

ちなみに、現代のヒーリングの分類で言うと、

バーストラウマ・インナーチャイルドヒーリングや、過去生トラウマヒーリングに当たります。

 

 

そういったヒーリングにより、

それまで何をやっても変わらなかった、潜在意識の深層が癒されたのでした。

 

それにより、本来の自分(魂)とつながれるようになったのか、

心の奥底に、平安を感じられるようになりました。

 

 

また、リーディングにより、

自分の魂のこともわかるようになります。

 

魂が二つあって、

一つは、修行ばかりしている地球人。

 

もう一つは、

バシャールと同じエササニ星の宇宙人。

 

 

 

元々、スピリチュアルカウンセラーの並木良和さんが駆け出しの頃に、

セッションを受けたことがあって、いくつかの過去生は知っていました。

 

インドや四国の修行僧や、

イタリアの歌手→劇作家、アトランティスの科学者など。

 

 

その辺りの理解ともつながって、

自分の性質が、よりとらえられるようになったのでした。

 

魂の一つが宇宙人だったから、

大人や社会、というより地球そのもの、にずっと違和感があり、馴染めなかったことなど、、

 

 

ようやく、自分のことが理解できたのでした。

 

 

その後、ヒーラーさんの師匠にも会い、

セミナーにも参加するようになります。

 

その中で、感覚も開いていきました。

 

 

また、ヒーリングとリーディングの潜在能力があることもわかります。

 

聞けば、潜在能力がある人は、10万人に1人の割合、とのこと。

(当時の日本では、約1,200人??)

 

これはやるしかない、と思い、

リーディングの能力開発を受けます。

 

 

また、それを機に、会社を辞め、

三浦半島の南端に引っ越します。

 

 

 

 

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今考えると、無謀で、

若かったから、そんな無茶ができたのではないかと思います。

 

 

無謀だったので、

当然うまくいかないのですが、、

 

 

でもそこから、

本当の自己成長が始まったのでした。

 

 

 

②に続きます。

 

 

 

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