負け犬なにおいの強いタイトルになってしまいました。

自分は医者でも弁護士でもないですからね。

 

それほど新しい本ではないようですが、良書に当たったと思ったので少し書いておきます。

年収は「住むところ」で決まる エンリコ・モレッティ

 

本書の何が良いと思ったか;

-       統計的に仮説検証がなされていること

-       対立仮説が明瞭であり、著者の発見が過去の常識を具体的に痛快に撃ち破ってくること

-       通常のビジネス書では少ない、マクロな視点を提供していること

 

 

衝撃的だった論旨

1、雇用の大半は非貿易部門(地域住民のニーズにこたえる、いわば地産地消型のサービス業。ウェイター、看護師、教師、美容師 など)が占めているのに、そうした産業は国の経済的繁栄の牽引役になりえない

-        経済が繁栄できるかどうかは、主として貿易部門のイノベーションにかかっている

2、ハイテク関連の雇用には「五倍」の乗数効果がある

-        要は、ハイテク雇用が1人増えると、その地域でサービス関連の雇用が5人生まれる。たとえば、ヨガインストラクターだったりカフェ店員だったり。

-        伝統的な製造業の雇用乗数は「1.6倍」であり、ハイテクイノベーション関連の1/3以下。

3、給料は学歴より住所で決まる

-        上位都市の高卒者は、下位都市の大卒者よりも年収が高い

-        高学歴者(医者や弁護士)でも、上位都市のほうが下位都市よりも年収が高い

 

本書では、科学系への教育投資と高学歴者を増やすことが、国力を上げることにつながるといっていました。

そういう意味で、日本の進学率と学力は依然グローバルの平均より高い水準にあるようです。

一方で、私が高校生のころ(2000年ころ)、超優秀な理系の生徒の約半数が医学部を目指していました(実際に医学部に行った人数はもう少し少なかったですが)。超優秀な文系の生徒は法曹界か官僚を目指していました。

 

現在の日本が、長寿で治安がいいのに経済の先行きが不安なのは、なんだか当然かもしれない なんて思ったわけです。

と同時に、不幸にも「イノベーション産業(ハイテク産業)」ではないながら、幸いにも「貿易部門」にいる自分として、色々頑張ろうという思いを強くしたわけでした。

3月の期末に向けて、面談やら実績整理やら大きな会議やら大変なシーズンではないでしょうか。

当然、以下のように思うことも多いでしょう。

  • 自分がこんなに頑張っているのに、頑張っていないアイツの評価が高いのはなぜだ とか。

  • 評価と給料のバランスが悪い とか。

  • 人事制度が根本的におかしいのではないか とか。

  • 上司は給料泥棒だ とか。

 

上記のような不満は、私も強く感じます。

不満はマグマのように自分の中で煮えたぎっていたり、それが噴出して取扱いに困ってしまったりします。

同じように感じる人には共通点があるようです。

それは「業務依頼に対して、期待以上のアウトプットを出そう」と思えたり「自分の責任範囲外のことでも、必要であれば自分でやろう」と思える人だということです。

 

さて。

一方で、上記のような「+α」の仕事を積極的に継続できる人とできない人がいるようです。

継続できる人も、ずーっと評価をもらえないとさすがに不満がたまってしまうものですが、人によって許容できる範囲が違うのですね。

なぜでしょうか?

最近気づいたのですが、どうやら根本的な思想の違いのようです。

「+α」を自分の資源(時間・労力)を消費して実行いる と考えるか。

「+α」に自分の資源(時間・労力)を投資している と考えるか。

 

消費している人は、自分の資源が有限で減る一方だと考えますから、自分の資源を常に等価交換したい と思うわけです。なので、交換条件にとてもシビアになるし、直ぐに見返りが得られないと憤りを感じます。

 

投資している人は、自分の資源が投資によって将来的に増えると考えますから、一時的な支出という痛みに寛容です。将来のリターンすらも自分で戦略的に計算することなので、激しい交渉をすることも稀です。

 

 

ITの発達やグローバル化によって、競合優位性が短期間で枯渇する時代です。

これから数十年働き続けなければならないサラリーマンとしては、自分の労働力という資源すら「消費」でなく「投資」していかないと中長期的に生き残れないかもしれないとおもいました。

何より、投資だったら「気に食わない」と言ってイライラしながら自分のエネルギーを浪費することも減るかもしれないし。

新年が明けて、もうすぐ2月ですね。

業務では年末の締めと年始の計画、プライベートでは年末年始のセールという大仕事を終え、刹那的に一息ついているところでしょうか?

それとも、関係者や家族のスタートダッシュに巻き込まれて、すでに大忙しでしょうか?

 

私は、新年会やら送別会やらで他部署の方と話をする機会があったので久々に「日本(弊社の本店)で何が起きているのか」を仕入れることが出来、気づきも得ることが出来たので書き置きます。

 

弊社R&Dの組織ピラミッドが大きく変化しているようです。

コーポレート部門に先立ち、トップ層の世代交代が行われました。

院卒以上が中心の理系部門なので、学卒中心の文系部門と時間差が発生しているのでしょう。

バブル末期入社世代(平成元年-3年入社、50歳前後)が経営トップ層となり、戦後~バブルの右肩上がりを社会人として享受したことのない世代のみで構成されることとなりました。

また、長い下積み経験をもった就職超氷河期寸前までの入社世代(平成5-8年入社、45歳前後)が中間管理職の中軸を担っています。

そして、超氷河期時代の世代ギャップを挟んで、若手が密集しています(平成15年入社以降)。

 

トップ層の印象の変化としては、規模の経済の呪縛からほぼ完全に卒業できた ということ。

中間管理層の印象の変化としては、不遇を恨む人がほぼ消えて、ほぼ実力主義になった ということ。

 

そんな中で何が起こり始めているかというと、社内の「規制緩和」です。

社内の「不文律」「不条理」に抗い続けた世代が中間管理層になり、長い下積みで培った実行力を武器に不文律たちを破壊し始めました。

トップ層は概ねこれを後押ししているようです。

私のような非マネジメントは影響にばらつきが出ています。

ベテランと中堅はこれに乗れるかどうかで、チャンスの数が大きく変わりそうです。

若手はほとんどがこれに乗ろうとしますが、「規制緩和」と「カオス化」の差異に気づけないと、ビジネスとして成功することは難しいでしょう。

 

上記変化を「規制緩和」ととらえることで、社内でこれから起こることを、政治/経済ニュースから推定しやすくなるような気がしています。


秋深し、ですね。

おいしいものを食べたり、読書や映画に没頭したり、スポーツしたり、色々な方がいるでしょう。

私は、通勤時のポッドキャストをいつもの「安住紳一郎の日曜天国」からほかの番組に変えて気分転換しています。

 

その、ポッドキャストの番組での話なのですが…

「甲子園の東京代表は、なぜ抜群に強くはないのか?」という話題がありました。

番組では、東京には野球強豪校が複数あるので優秀な選手が分散するものの、地方では地域内の強豪校が少ない というのが大きな理由の一つとされていました。

 

もちろん、賛否・追加などあるとは思います。

が、なんだかこれって聞いたことあるやつです。

家電業界で調子がいい韓国勢の話もそうだったし。

ということは、それなりに寄与率が高い仮説だと考えていいのでしょう。

 

翻って、弊社の社内を見渡すと~

本社のコーポレート部門を除いたどの部署・チームも、比較的同じような年齢/キャリア構成になっています。

つまり、エース級が集まっている部署や年齢層の偏ったチームなどがほとんどない。

見事に「分散」されているのです。

 

一方で、現在の所属であるR&D海外拠点は、日本人若手の登竜門のように扱われつつあるので、在籍している日本人は若手のエース級ばかり(らしい)。

よって、話が速い。問題が発生しても技術解が数日レベルで上がってくる。

 

確かに作為的な人員配置は差別感・不平等感を生みます。

一方で、作為的に歪なチームは、やはり特徴的なアウトプットを出しえるのですね。

さすがに在籍人員のようなオフィシャルな人員配置を変えるのが難しくても、プロジェクト単位でチーム構成を平均から大きくずらしてみると、何か想定外が起こせるかもしれません。

いきなり成功することは難しいかもしれませんが、閉塞感を打破する鍵になるかもしれません。

 

 

話は逸れますが、ダイエットの秋ということで。

私のダイエットも7週間が経過。

今までの人生では一度も成功していなかったのに、順調に5kgほど減り、妻の協力に感謝しているところです。

現時点での私の成功の秘訣は 無理をしない、一喜一憂しないで決めたことを淡々とやりとげる、逃げ道/抜け穴を作らない といったことのようです。

とはいえ、まだ道半ば。

ぬか喜びせず、淡々と年末まで走り切りたいです。

ダイエットというやつは、すこぶる地道ですね。

そして、今まで真剣に向き合ってこなかっただけに、真剣に向き合うと見えてくる世界というのがあるわけです。

 

 

前回からの重複になりますが、脂肪1kg7000cal

大体ダイエットを考える人は5-10kg落としたいと考えるわけですから、35000-70000kcalという目標に向かって突き進むわけですよね。

…って。35千キロカロリー?7万キロカロリー???そんな数字、そうそう見ないですよね。

普通目にするのは、数百キロカロリーといったレベル。7万とはいったいどれほどの敵なのでしょう?

 

若かりし頃、太りも痩せもしない1日の摂取カロリーが3000-3500kcalだったので、1500kcal減らすと14日(2週間)で1kg痩せ~などと考えてランチのメニューを少し気にしたこともありましたが、全然変わりませんでしたね。

はい。500kcalって結構大変です。マクドナルドのポテトL1個分です。

相当な変化がないと500kcalなんて減らせません。

もっと絶望的な例だと、500kcalを運動で消費しようとした場合~なんと7.5-8.0kmも走らなければならないのですって。

そうなんです。たかが1kgも気が遠くなるほどハードルが高いのです。

 

では逆に、全くカロリーを取らずに過ごしたらどうなるのでしょうか?

食事を消化するのに内臓がカロリーを消化するようですから、食事をしない場合の1日当たりの消費カロリーは少し減るでしょう。

男性で2000kcalとしましょうか。

絶食してから脂肪1kgを燃やし切るのに、3.5日。

5kg減らすには、17.5日、10kg減らすには35日(約1か月)。

ちょっと乱暴に言うと、10kg痩せる辛さは、毎月収支がトントンの家計状態で月収1か月分を貯金する辛さと近しいですね。

 

 

というわけで、5kg-10kgのダイエットというのは、相当なハードルです。

覚悟と綿密な作戦が必要なのです。

 

 

まずは覚悟についてです。

意外にダイエット系の記事には強調されていないのですが、家族の協力が必須です。

やはり、カロリーを削るなら、一番分母の大きい3食からの削減は欠かせません。

それに家族に内緒で…なんて思っても「あれ、最近食欲ないの?」なんて心配されたら、隠すために食べてしまいますよね。

隠さず、むしろ助けを乞いましょう。たまに「あれ?ダイエット中にそんなもの食べていいの?」などという残酷なコメントをもらうこともありますが、彼らの協力なしには何も始まりません。

同様に、職場でランチをとる方や飲み会が多い方は、職場の人にもバラしておいたほうがいいと思います。

 

 

次に綿密な作戦です。

私が過去に失敗してきたのはここでした。

過去の私は、飲み会の唐揚げ&でんぷんをやめよう!昼食のご飯を小盛にしよう!晩酌を減らそう!といった、「今までより減らすもの」のみに注目しては成果が上がる前に自然消滅していました。

なぜか。

「減らすもの」をきめても、減らした分をどこかで補ってしまえば何の意味もないわけです。

そして、そういう無意識の代償行為って、そこら中にはびこっていたのです。

例えば、昼のでんぷんを抜いたとします。

すると午後の脳のエネルギーが低下するので、お菓子やら砂糖入りのコーヒーやらに手を伸ばしてしまうわけです。

例えば、飲み会の唐揚げ&でんぷんをやめたとします。すると2次会後のラーメンの誘いに釣られやすくなるわけです。

 

というわけで、今回の私は、一日の摂取物とカロリーを洗いざらい計算してみました。

部分規制でなく、全体規制にしたわけです。

意外にびっくりしたのが、砂糖&ミルク入りのコーヒーを1日に4-5杯飲んでいたこと。これだけで350-450kcal

そして、チーズってすごくカロリーが高いこと。なんと、スライスチーズ1枚(ドイツ仕様の大きいやつ、15cm四方程度)で133kcal。ハムだと半分未満なのに。

 

 

そんなこんなで3週間が経ちました。

相変わらず走ったり筋トレもしていますが、主に摂取制限で体重を落としている計算になっています。

今のところ、3週間で3kg弱。ちょっとスピードが速すぎるようなので、停滞期が来るらしいです。

気を付けないと。

本格的に秋になってきました。

食欲、芸術、スポーツなどなど、活気のある日々をお過ごしの方も多いでしょうか。

私の今年の秋の訪れは、はっきり言って最悪でした。

 

 

秋といえば誰もが避けて通れない「衣替え」の時期であります。

私も御多分に漏れず、仕事用のスーツを入れ替えていたのですが、なんと、スーツのズボンが入らない。

腹がきつい。無理やり履いて仕事をしていたら30分で気分が悪くなってしまった。。

もともと出張や来客の少ない部署なので、ジャケットやビジネスカジュアルで済ませることも多いため、スーツは各シーズン2着しか持っていないのです。

1着は無事だったのですが、1着しかないとおちおちクリーニングにも出せなくなってしまう。

しかも、現赴任地ドイツの製品はやたらと袖が長いから、おいそれと買うわけにもいかない。

 

なんでこんなことになったのか ということです。

にわか仕込みで痩せたとしても、根本原因を解消しないことには再発の恐怖から逃れることはできません。

 

試しに体重を量ると、ここ3年変わっていない(+/-1kg程度)。

通勤時および勤務時の運動はほとんどないが、それはここ2年半変わっていない。

食生活にも大きな変化はない。社食のメニューのチョイスが若干脂っこくなったかもしれない。

毎週日曜は娘とプールに行っている。

1か月前から週三回の腹筋も始めた。

 

ということで、最初に疑ったのは、「腹筋がついてしまった」ということ。

でも、まぁ、そんな甘い訳はないのです。

モヤモヤしながら風呂上りに自分の体を横から見たら、完全なる下ぶくれ。

愕然としました。

これは世にいうメタボ。内臓脂肪型肥満というやつですよ。

どうやら、腹筋を始めてから、自分でおなかを触るときは若干力を入れて自分に見栄を張っていたことと、鏡の自分は正面からしか見ていなかったことに気づかされました。

 

というわけで、原因ははっきりしました。

筋肉量の低下による基礎代謝の低下、からの内臓脂肪の蓄積です。

であるならば、やることは、筋肉量向上による基礎代謝の向上しかありません。

となれば、次は、どの筋肉をどのように増やすかということです。

代謝を上げるのが目的であれば、大きな筋肉を刺激するべきなのでしょう。

ただ、継続するためには、もうひとひねり必要です。

 

 

継続するには、無理をしないことと成功報酬があることが大事だと考えました。

そこで。

私にとっての成功報酬→土日の家族サービスでバテないイケてる父親像を手に入れることとしていました。

となると、鍛えるべき部位は当然足腰。足腰は筋肉量も多いので、そこに特化すれば十分と判断しました。

では「無理しない」をどうやって達成するか です。

今まで、時間的な負担を減らすために筋トレに特化して考えていたのですが、なんだかんだ理由をつけてさぼったり辞めたことばかりでした。

となると、王道のウォーキング/ランニングあたりが最有力候補となるのですが、ウォーキングはなんとなく恥ずかしいし、ランニングはクラス最下位になったこともあるほど苦手だし嫌い。

でも、どうしても痩せなければならない。

 

で、見つけました。

ジョギングです。速歩するのと同じくらいのスピードで、走る。

体育会系の部活をした方ならご存知でしょう、ウォームアップやクールダウンを目的として、疲れないスピードで走るやつです。

せっかくなので脂肪も燃焼させたいので、30分継続することとして始めてみました。

正直、30分持たないかと思ったのですが、なんと、肺は全く苦しくない。膝が痛くなっただけ。初日は20分のジョギングと10分のウォーキングになりました。

でも、膝が痛いのは危険なので、走り方を工夫しているうちに膝の痛みも軽減。

自分はX脚なので、膝を曲げてつま先から着地しないと、膝に衝撃が直撃するからのようでした。

そんなわけで、結局30分のジョギングを開始2回目でいきなり達成しました。

それから今日ですでに6回。

結構気持ちよく続けられるものです。

体重も腹回りもまだ確認していませんが、とりあえずは1か月続けてみようかと思っています。

脂肪1kg7000kcal100kcal使っても70回分。焦りは禁物ですので。

秋ですね。

今年度も半期が終わろうとしており、会社勤めの方はいろいろと忙しい毎日をお過ごしのことと思います。

会社勤めでない人はどうなのか、全く想像がつきませんが。

先日、同年代の先輩の送別会がありました。

現在の職場にはなぜか同世代が多く集められているため、送別会で飲んで話していると、世代特有の悩み のようなものが見え隠れしました。

なので、ちょっとそんな話を書いてみます。

 

 

私も年度年齢が35になって、現所属ではそれなりに専門家として認められてきていると自認しています。

同期や同年代の同僚も同じように、頼られる存在になっています。

所属組織で一人前になったこと。これは非常に喜ばしいことである反面、ここまでの成長はある意味誰にでも描けるキャリアパスなんですよね。

で、ここから先を意識した時に、大きな差がつく時期でもあると思うのです。

 

 

入社してからこれまで、誰よりも早く一人前になるために努力した人は当然、「同僚がやっていないこと/できないこと」を探し出して自分なりの方法でそれを解決してきたことでしょう。

特に私の世代は、非常に数の多いバブル世代の先輩/上司が構築してきた「定石」を疑って、自分なりのあるべき姿/理想像を必死に考えて、その理想像と現実とのギャップを課題として全力でその解決に当たってきたはずです。

なので必然、古い組織とそれを一点突破する自分 という構図ができているのではないでしょうか?

 

そんな折、一担当者としての成果だけでなく、組織の成果を向上することを考える立場になり始めるのが30代中盤の岐路だと思うのです。

 

今まで、自分を差別化するために組織を批判的に見る必要があったのですから、当然組織の現状に対する自己評価は低いでしょう。

  • あるべき姿/理想像が現状から遠ければ遠いほど、現行体制を否定したくなる。

  • 現行体制を最短距離で理想像に移行するには「スクラップ&ビルド」しかないような気がする。

そんな風に考えるのは、これまでの経緯を鑑みると非常に自然で普通のことだと思うのです。

 

でもスクラップ&ビルドって、大きな組織ではなかなかできるものではありません。

換言すれば、今まで投資して築いてきた資産をすべて捨てるほどのリスクを取れないのが大きな組織なのです。

そして、大組織というのは、たかだか一人の生きのいい中堅社員に組織の大改革を任せるほど窮していないのです。

もっと言うと、中堅社員全員がすべての組織をぶっ壊してしまったら、しばらくの間、会社が機能しなくなってしまいますよね。

 

というわけで、スクラップ&ビルドしたくなっても、できない。

ほぼ確実にできません。

この考えに取りつかれると、飲み屋でクダをまくしかなくなってしまいます。

 

むしろ今、自分たちに求められているのは、組織という資産の運用効率を高めることである気がしています。

同僚/協業部署が、現状何ができてどこに強みがあるのかを知り、うまく使うことが求められているのだ と思うわけです。

自分のやり方を他人に押し付けるのではなく、他人には他人に合った方法があることを認めて、それを許したり伸ばしたりすることが求められているように思うのです。

 

 

そう思ってもそれを簡単に実行に移せるほど自分は大人ではないのですが、求められている役割の変化は、意識しないと達成できないほど大きく難しい変化だと、なんとなく気づき始めたわけでした。

 

長くなりました。

ダラダラ書いた割に締まりも悪いのは、自分なりの成果が出ていないからなので、小さくても成果が出たら、また続きを書いてみようと思います。

読書の秋だし、夏休みも終わりだし。

年末に向けてスパートをかける前に、振り返ってみたり、本を読んだりした週末でした。

というわけなので、一つのことを深く というよりは、並列に複数のことを書き連ねます。

 

 

 

 

1か月全力疾走したあとに、通常運転に戻ったら、物足りなさ過ぎて不安死しそうになっている。でも人生はマラソン。30年継続可能でいて他人に差をつけるような走り方を探す必要がある。

 

生まれながらにして完全な人間なんていない というのが、日々改善すべき理由。このことは、入社前に「歴史ある工場で、俺なんかに改善できることなんてあるのだろうか?」と思ったのに2年半も現場にまみれてまだやりたいことが次々に見つかったことからも実証されている。

 

実利的(プラグマティック) というのは、高級な「学問」からすると少し低俗なにおいがするものだが、これこそが虚業と実業の境目なのではなかろうか。 と研究職の若者に伝えたい。

 

研究職の若者たちは研究のどんな側面に、取りつかれるほどの魅力を感じているのだろうか?

誰も知らないことを発見すること(基礎研究欲)?誰にも見えていないものを見てしまうこと(分析欲)?それとも発見や分析が評価されること(承認欲)?

彼らが誰にどんなときに褒められた経験を持つのか がヒントになるかもしれない。

 

「私、企画する人。あなた、実行する人。」という部署間断崖を防ぐために、部門横断でアクションリストを作成させる というのは中々凄い。

「私、命令する人。あなた、実行する人。」というケースでやってはいけないのは、命令を頭ごなしに否定して、命令が間違っていたのか実行が下手くそなのかを曖昧にしてしまうこと。

命令者との関係が成熟していない状況下で最上なのは、最速で実行して命令の精度が上がるようなフィードバックをすること。

 

「平時は分散、有事は集中」とはよく言ったもの。定型業務の効率を磨いたり、一人で完結する仕事に対して、定期ミーティングする意味はあるのだろうか?大きなプロジェクトだからといって、定期ミーティングする必要があるのだろうか?有事か否かを定義して、瞬時に見分けられる人こそ、いい会議運営ができるのだと思う。

 

ちょうど10年選手くらいになると、自分は万能だと勘違いすることがあるらしい。そして、上司を軽んじることがあるらしい。自分の正義・信念が独善的と映り、組織運営の妨げになると判断されるなら排除される危険すらある。

 

 

自分の職場は「組織」なんだということを、もう一度確認できたような気がしています。

最近ライトニングトークというのが流行っているようですね。

パワーポイントのプレゼンテーションといえば15-30分かけて発表するのが定番だったものですが、持ち時間5分以下という超短時間のプレゼンをするそうです。

高橋メソッドなんて、内容も極限までそぎ落として、巨大なフォントのみにしています。
パワーポイントを作るのに満足して本番うまく伝わらない などという失敗談が繰り返されていたのはもう昔のことになりつつあるのですね。
気を抜いたら時代に置いて行かれるという恐怖と同時に、進化し続ける世の中に負けないように頑張ろうと思うわけです。

 

 

難しい問題から逃げるのは、無責任。

難しい問題を難しく取り組むのは、凡夫。

難しい問題を簡単に解説してみせるのが、できる人。

とかって、いいますよね。

一事が万事、いかに手短に伝えるかが重要な時代なようです。

 

 

…というわけで、ちょっと趣向を変えて、3-5文程度で最近気づいたことを羅列描写してみます。

 

 


後輩Pが女子のヒステリーに対処できていないことに気づき、談笑。一方で、他部署のSBIのヒステリーには付き合えるのに、チームメンバーAの惰性は我慢ならない自分に気づいた。「変えられない他人」と「変わってほしい身内」の境目にもがいているのだろう。家族や肉親との関係に近い部分もあるような気もする。

 

人を変えられないのは、自分が若いからだろうか?それとも、真摯さとかそういうソフトスキルが足りないからだろうか?宮本武蔵を読んで、お杉婆を改心させたお通と武蔵の真摯さと忍耐強さに嫉妬。


新貝康司さんの本を読んでドキッとしたのは「箸の上げ下げにまで口を挟むな」という一文。自分は他人に自分のやり方を押し付けていないか?会社からすれば財務上大事なのは、進化(継続的利益成長)することだし、今ある資産を今より有効に使うこと。現状を否定するのはいいが、我々の手元には今存在する資産しかないのだ。

 

命の次に大事な資産の有効活用を任せたい人間というのは、有効活用の実績があり、さらに信念を持った人ではなかろうか。そういう人であると思われるためには何をすべきだろうか?私の魅力を引き出してくれるのはあなただと、確信させるためにはどうすればいいのだろうか?みんな、自分を預ける相手を探しているのだ。自分の目標・憧れは、必ずしも自分の親分に求めていない。

 

コミュニケーションの壁を突き抜ける一番簡単な方法は、難しいことを簡単に伝えること。簡単に伝えるためには事前に準備する手間がかかるけど、その手間を惜しまないように仕向けるコツを二つ見つけた。
精神論ではあるが、背景知識やコミュニケーションスタイルの異なる相手に、「汲み取れよ」というのは尊大すぎだと気づくべし。自分だってそんな期待されても応えられないのだから。
実利的考えるなら手間を惜しんだ場合と惜しまない場合の比較をすればいよい。伝わらなかった後の膨大な無駄な仕事を処理する(誤解に気づく、誤解を解く、改めて説明する、遅れた時間を取り戻す)くらいなら、伝え方を工夫したほうが100倍マシ。



・・・そんな今週1週間でした。

15年以上前ですが、当時は夏になると、文庫本に出版社の折り込みチラシが入っていたものです。

夏休みの課題図書のリストは違い、心を打つキャッチコピーときれいな表紙の写真があって、まんまとその広告から本を手に取ったものでした。

「夏の100冊」、「夏イチ」。普段読まない恋愛小説なんかにも手を出したものです。

 

 

というわけで、久々に恋愛小説でも!と勢い勇んでウェブサーフィンをしたところ、山田詠美さんの「ぼくは勉強ができない」に行きつきました。

結論からいいますが、この本には非常に強く心を揺さぶられました。

主人公がヒロインとくっついたり離れたりするのかな と思ったら、全然そういうのではなく。

むしろ、高校生の時の自分の感性とか思考回路とか、そういうものが凝縮されて表現されていました。

高校時代にタイムスリップしたような気分になりました。

 

途端に私の頭に浮かんだのは~

最近の自分は全然面白くないんじゃないか?と。

淡々と仕事をして、社内で(それなりに)成功することだけを考えているのではないかと。

少なくとも入社するときは、そんなことを考えていなかったはずではなかったかと。

 

そりゃそうですよね。

高校時代なんて自分探しの毎日だったんですもの。

高校時代にタイムスリップさせられたら、自分探しを思い出してしまうわけです。

自分が何者で、何をしたいのか。

進路については、高校時点では明確化できなかったから、大学時代も通じて取捨選択したのですが。

シビアに思い返せば、入社後は結構受動的な配置転換から現在の部署にいるわけです。

いつの間にか「会社の論理」に忠実で、上司(直属の上司および更に上の上司)の考えを推察してそれをトレースするように仕事しているわけです。

最大多数の正義や、わかりやすい目標ばかりに執着していないか?

自分の独自性や感性をどこかに捨ててきてやしないか?

確かに同僚を出し抜くくらいの創造性は発揮しているかもしれないが、マーケットを作る という気概は抜け落ちていないか?

 

 

昔の自分というやつは無邪気でいて、ものすごく辛辣。

家族・上司・同僚・友人・恩人よりも、誰よりも原理的で妥協を許さない。

そんなことに気付いて、なんだか夏だなぁと思ったのでした。

夏は恋愛小説を読もう。