<その4>東亜日報を読む会
●
こんな名前の会があった。一九七五年、東亜日報に韓国民主化闘争の過程で、韓国政府から弾圧が加えられた。東亜日報は、弾圧にくじけずがんばった。その東亜日報を応援するために「読む会」を作った。
「むくげ通信」二九号(一九七五年三月)では、「東亜日報特集号」をつくった。内容な以下のとおり。当時のむくげ通信はガリ版ではないが、手書き。私もけっこうきれいな字を書いている?(今回、この特集記事をネット上の「むくげ通信総目次」にはった。)
・国民投票をめぐる『東亜日報』の報道 堀内稔
・東亜激励広告一ケ月の分析 飛田雄一
・広告解約の中の東亜放送 鹿嶋節子
・拘束者の「釈放」 北原道子
最初の記事は、次の文章から始まる。
「今、東亜日報は一線記者の解雇問題で大きく揺れており、多くの人人々が事態を憂慮している。記者のストライキ闘争によって、金芝河再逮捕のニュースすら報道されなかったという」
学生センターでは、広告弾圧事件の前から東亜日報を購読していた。ネットの時代ではない。現物が、東京支社から送られてきた。ロビーの新聞棚においていた。
余談だが、当時、まだセンターは敵性団体? 神戸大学の韓国人留学生に「センターに出入りしないよう」と領事館に言われた、と、私に教えてくれた留学生がいた。
センターロビーで熱心に東亜日報を読む留学生がいた。声をかけた。と、その留学生は、走って逃げていった。いま、センターは敵性団体ではない。
●
弾圧を受けている東亜日報を支援しようということで始まった「読む会」。会場は、大阪市立労働会館。むくげの会のメンバーのほか、大阪外大の永嶋暉臣慎さん、京都大学の水野直樹さんが中心メンバーだった。一九七五年四月から一〇月まで、ほぼ毎週開催したというのがすごい。その度に主だった記事を翻訳して資料集を作った。
一号(一九七五年二月一五日、この号は案内のみ)から一四号(一九七六年一月三一日)。本格製本の合本を二冊?作った。暑さは、三・五センチ。一冊は、韓国民主化運動記録保存会?に寄贈した。そこで働いていた友人の金景南さんに頼まれた送った。もう一冊は、どこにあるのか分からない。いまむくげの会には、ファイル綴じのものだけが残っている。
堀内アーカイブには、PDFファイルが全部ある。今回、六甲アーカイブ(神戸学生青年センターHP内)にそのすべてを貼った。当初は表紙もなく新聞記事をコピーしただけのものだが、だんだんとそれらしい資料集になっている。
当時の東亜日報、なんと言っても「コバウおじさん」である。人気のマンガで、かわいい。ユーモアセンスも抜群。権力への皮肉が強烈だ。この資料集は、コバウおじさんを見るだけでも価値がある。
------------------------------------------------
飛田雄一「続・極私的市民運動の記録」
<その4>東亜日報を読む会
--------------------------------------------------
2025年9月15日発行
執筆・編集・印刷・発行 飛田雄一(ひだ ゆういち)
〒657-0011神戸市灘区鶴甲4-3-18-205
e-mail hida@ksyc.jp
------------------------------------------------