太鼓打ち シンゴ篇


あのマッチ棒みたいな垂直派スレンダーバディで、よくもまあ…あんな大きな音が出るなぁと、最近の成長ぶりには目を見張るものがある太鼓打ちシンゴ。



意外に、付き合いは長いのです。

彼を初めて見たのは、かれがまだ中高生くらいの頃…だったかな。



横浜を中心に永きにわたり活動しているアマチュアの太鼓グループ「横浜都筑太鼓」の中心メンバーとして頑張っており、僕は個人的に会長と懇意にしていたので、何度か会った事があるくらいの認識はありました。



彼の母上も都筑太鼓のメンバーなのですが、
僕の息子たち(一彩&コウキ)の小学校の先生だった事もあり、どちらかと言うと…シンゴ君は、息子の先生の息子(笑)っていう感じ。



僕の方針で長男の一彩は、幼少期から親元から離して外部の団体に所属し太鼓を学んだり活動させる!ことにしていたので、この都筑太鼓で学ばせて頂きました。

有難いことに、シンゴ君には先輩としてお世話になりましたよ^_^



しばらく経った頃…シンゴがせっかく就職したのに、すぐに転職し、さらにその会社も辞めて、

まさかの‼️太鼓打ち🎵の道を選んだと風の噂で聞きました。



当時すでに太鼓マスターズは活動しており、何人ものメンバーの入れ替えがあって、なかなか落ち着かない時期でした。



当時の女性マネージャーと相談し、物静かだけど内に秘めた情熱を感じていたシンゴをオーディションしてみようとなり、川崎市にある公共施設に呼び出しました。




彼がソロ活動を開始した頃に乗っていた白いワゴン車の側面には、デカデカと「太鼓打ちシンゴ」と書いてあり、なんなら問い合わせ電話番号もあったかな??(笑)



マスターズみんなで、中身が高価な楽器って即分かるから真っ先に盗難に遭うぞ‼️と、
笑いながらアドバイスした記憶があります^_^



でも、そんな彼の一途な想いと覚悟は、マスターズメンバー全員にストレートに伝わり、
オーディション後に…我々の大切な仲間として参加してもらうことに決めました。




今でも伝説の…マスターズ飲み会(実は㊙️入団決定会)があるんですが。。。


乾杯前に入団決定を伝えて、瞬殺ボロ泣き😭シンゴを前に…リーダー高田淳君より乾杯の音頭🍻💨

「この〜ぉ、役立たずぅ‼️」(一同 爆)✨

それから試用期間を経て、正式メンバーに。




とにかく最初は筋肉つけさせる為に、朝からカツカレー大盛り‼️を必須とし、ひたすから高カロリー食を強要してました。

今で言う…パワハラ⁉️




そして、少し年上の しんた君に舞台における指導係を託し、常に適切な指導の賜物で素晴らしい奏者となりました。

最初は大ボケ&ミスも多かったけど、もともと持ち合わせている几帳面な性格に度胸も加わり縦にだけではなく…中身もキチンと成長したのです(笑)




まあ、もう少し横にも育てば、その存在に「安心感」が増すんだけどなぁ。。。まあ無理かww




2015年にマスターズ中米ツアーがあり、初✨海外ツアーだったシンゴを勉強のため同行させました。


海外ツアーというのは不条理&ハプニングの連続が当たり前です。思った通りに行かない超真面目な彼は、
2人部屋でずっと3週間一緒に暮らした一彩に「もう…ツラい、帰りたい」と、ずっと漏らしていたらしい(笑)



帰国後、もう海外は行きたくない💦

と話していたのが、、、今では海外大好き❤
その単純さが、かなり笑えます。



彼の努力も積み重なり、今ではマスターズには無くてはならない存在となりました^_^

これからも、宜しく頼みますね〜👍👍




一流プレイヤーとは、常にクリエイティブでなければならないのです。


ある程度の形を整えてしまうと、どうしても楽な方法を選び、現場を「普通の仕事」にしてしまいます。


それは、いつも同じことの繰り返しだったり、平穏無事なパフォーマンスだったり。。。


僕の…いくつかある座右の銘の一つ、あの世界的JAZZトランペッター、マイルス・デイビス
の言葉を紹介します。


いま、同じ世代でフリーランス奏者では最も忙しい1人である太鼓打ちシンゴに贈ります。




「そこにあるものを演奏するんじゃなくて、そこにないものを演奏しなけりゃ。
知ってることを演奏するんじゃなくて、知らないことを演奏しなけりゃ。
変わらなくちゃいけないんだ、変わらずにはいられないんだ。それは、呪いみたいなものなんだ」    Miles  Davis 




※ 細かい昆虫みたいなのは、タイコウチ
水辺に住む生き物を、田中ま〜君がレイアウト👍