「あの人かわいそう!そんな目に遭わせたやつ、訴えてやる!!」

みたいなことがね、今日ありました。

 

 

 

あたしは、正義のミカタってホント要らないなあ、と思ったんです。

 

正義のミカタは正しい。

その正しさが誰かを「悪」にして追い込む。

 

それは、

その人と同じことをしているのではないの?

 

 

正義のミカタが「悪」と認定し続ける限り、平和は訪れないじゃない。

 

 

正義のミカタは、自分の正しさを疑わない。

そうじゃない客観的な意見も採用しない。

だって、

正しいのだから。

 

 

 

あたしは昔、結構正義のミカタだったんです。

そんな自分が好きだった。

 

でも、

正義のミカタはたちが悪い、と今なら思う。

 

そんなこと知らずに、あたしが「悪」だと「間違っている!」と認識したとおり、正義の鉄拳をふるっていたことだろう。

 

どれだけ

「悪だ」

「間違っている」

と言われた人が涙したんだろうか・・。

 

いじめた人はいじめた人なりの、

パワハラの人はパワハラの人なりの理屈や感情や正しさがあったんだろうね。

 

 

だからもう、あたしはどちらの味方もしないのです。

 

どちらかの味方をしない、ということは

どちらの味方でもある、ということです。

 

 

正しさも間違いも、悪も善もない。

全ては解釈した人の中にあるマボロシ。