「社長、今日接待ですっぽんだって!すっぽん食べたことある?」

と同僚に訊かれて、

「あるよ。」

と答えた。

 

記憶をたどっても、

誰と、どういうシチュエーションだったのか、全く思い出せない。

 

「どんな味?」

と訊かれて、

「そんなにおいしいものではなかった記憶だけど。。」

 

当時も誰かに訊かれて、そのセリフを確かに言った気がする。

 

確かに行った気がするし、食べて感想を述べた記憶がある。

 

でも、どういう景色で、どういう味だったのか、思い出せない。

本当にその過去は確かに在ったのか?

 

テレビで見た記憶とか、

誰かが言ってたコメントを自分が言ったと錯覚したとか、

 

 

過去の体験、

本当にそれは在ったのか?

 

 

夢を見ていたのか?

いや、

夢を見ているのは今なのか?

 

 

マジ、メッチャ混乱したよね。

 

 

 

家に帰ってダンナに確認したら、

「○○さんと行って、そんな感想述べてたよ。」

と聞いてホッとした。夢じゃなかった。

だけど。。。。。

 

 

 

過去の出来事はあたしが紡ぐストーリー。

それはあたしが思う真実で、真実ではない。

 

誰かが言ったことを自分が言ったと思い込んだり、

なかったこともあったことに、あったことがなかったことになったりする。

 

それに実体はなく、確かに在ったはずだ、と主張する今のあたしが在るだけ。

 

 

過去がそうならば、今はどうなのだろう?

 

今は一瞬にして過去になり、

誰かが言ったことが自分のことのように、

今日正しいと思ったことが、明日には違ってた、と思うこともたくさんあって、

今もまた自分が紡ぐ夢を見ているよう。

 

そう、

過去も今も自分が紡ぐ夢を見ている。

 

そして、

「そうか!わかった!」

「悟ったぞ!」

と思ったとしても、

「わかった!悟った!」新たなストーリーの夢が始まるだけ。

 

誰もがみんな自分が思うストーリーを紡ぐ。

それならば、辛くて悲しいストーリーより、楽しくてワクワクするようなストーリーの方がいいじゃない?

 

だから、

ワクワクするほうへ。

楽しい!と思う感情を選んで!

感情が教えてくれる。引き寄せの法則だよ!!

が流行ったのよね。

 

 

ワクワクするほうへ、

楽しいと思う方へ、

そうすれば新しいストーリーが始まるから。

 

 

 

 

そして、

 

 

新しいストーリーが始まったことに気付いている意識がある。

 

とわかったかのようなことを書いているストーリーを今、あたしが生きていて、

それもまた夢のように実体がない。

 

 

 

それはまるでサンタのようだ