眉つばなるもの/大竹文雄他「解雇規制は雇用機会を減らし格差を拡げる」のアヤシサ Ⅰ | 風のかたちⅡ

眉つばなるもの/大竹文雄他「解雇規制は雇用機会を減らし格差を拡げる」のアヤシサ Ⅰ

大竹文雄・奥平寛子「解雇規制は雇用機会を減らし格差を拡大させる」(福井・大竹編著「脱格差社会と解雇規制」)


いろいろと言いたいことはあるが、眉唾の最たるものは、この論文のツボである「都道府県別の労働判決変数」だろう。一見してアヤシイが、よく見ると間違いなくアヤシイ。インチキに近いとさえ思う。大竹・奥平は、「解雇規制は雇用を縮減する」という結論を急ぐ余りに、安直な方法を使ったのではないか。こういう分析を一人歩きさせるのではなく、より綿密なデータ収集と分析の対置を急ぐべきだ。


大竹先生だけあって、流石に組み立ては周到で、あり得る批判点について自問自答風に説明している。「労働判決変数」についてもそうだ。しかし、聴かれもしないのに言い訳をするのは、ヤマシイところがあるからではないのか。以下の比較をしてみると、そう邪推したくなる。


論文は、都道府県別の労働判決変数の表を示さず、日本地図上に網掛けの濃淡で労働者よりか経営者よりかを示しているが、これ自体が、より綿密な判決・決定情報に基づく他の分析結果と違っているのだ。http://jlea.jp/ZR06-0062.pdf (以下、今井他論文という。)


今井他論文は、1984年から2004年の最高裁事務局事件票に記載された2073件の分析をしているが、その12頁には地裁別の労働側勝訴率が出ている。これと大竹・奥田論文の労働側勝訴率を比べると、下のような明確な違いがある。今井他論文に拠れば、解雇事件の6割は東京、大阪のほか高裁が併設されている名古屋、広島、福岡、仙台、札幌、高松に集中しているから、8裁判所と同裁判所を含む大竹論文の8都道府県を比較すれば十分だろう。


地裁・都道府県 今井論文労働勝訴率  大竹論文労働者寄度(3~-3)

札幌・北海道      61.1       -1(=使用者寄度1) 不一致

仙台・宮城県      52.9       +1  

東京・東京都      40.9       -2(=使用者寄度2)

名古屋・愛知県     50.9 +1            やや不一致

大阪            57.4       +3

高松・香川県      47.6       +1or2          不一致

広島・広島県      42.3+2                   不一致

福岡・福岡県      57.2       -1(=使用者寄度1) 不一致   


上のとおり、両者が一致するのは8地裁・都道府県のうち3地裁・都道府県のみだ。データとしての信頼性は、今井他論文の最高裁事件表が包括的で2000件を越えるデータであること、判決だけでなく仮処分命令を含むことからして、掲載基準が曖昧または不明な判例雑誌の僅か260件の判決に依拠した大竹・奥平論文より遙かに高いことは明確である。大竹・奥平は、「解雇規制は労働者の雇用率を低下させる」というそれ自体は実に見事な分析結果を出しているのだが、元になる変数自体がアヤシイのでは分析結果そのものを言う以前の問題なのだ。


実は、大竹・奥平の労働判例変数地図を今井他論文の地裁別と詳しく比較すると、不一致はさらに広がる。一致している方が少ないといえる。一例を挙げれば、大竹・奥平が労働者よりと色分けしている中国の例でも明々白々だ。


地裁・都道府県 今井論文労働勝訴率  大竹論文労働者寄度(3~-3)

岡山・岡山     45.6           +3   不一致大

鳥取・鳥取     54.5           +2   一致

松江・島根     37.5           +2   不一致大

山口・山口     61.9           +2   労働者より過小評価


重ねて言うが、大竹・奥平は、安直な方法を使ってとんでもない結論を引き出したと言わざるを得ない。