解雇規制の撤廃は人々の幸福を増大するか。 | 風のかたちⅡ

解雇規制の撤廃は人々の幸福を増大するか。

福井先生、八田先生、草刈日本郵船会長謹呈 もちろん親玉へも謹呈。

「裁判所における解雇事件―調査中間報告―」第4章http://www.jil.go.jp/institute/chosa/2007/documents/029_02.pdf


要するに、折り目正しい新古典派的経済学にもとづいた緻密な検討です。

「解雇などが契約自由原則の下でなされれば、若者、高齢者、女性、フリーター、低学歴者、コネのない者などに確実に就業機会は拡大する。」などといった、おおざっぱだけれど、政治的なスローガンにはなりやすい話を学術書風の体裁の中でされている「公共経済学研究者」や、政治権力の下部組織で名を上げたい(?)、それでいて脱税は平気な老舗企業のトップ等ににお勧めします。


著者は、江口 匡太 (えぐち きょうた) さん。筑波大学 システム情報工学研究科 社会システム・マネイジメント専攻 准教授。


問題意識は以下の通り。いま、労働立法的にも、経済学・労働法学的にもホットイシューになっている「解雇規制の効果」です。これまでの論議を踏まえた上で、明確な方法論的な立場が表明されています。


>解雇法制の在り方はすべての労働者に影響を与えるため、学識に基づいた慎重な議論が必要なことは言うまでもないが、これまでの議論から解雇規制について肯定的な論者、否定的な論者の主張の根拠はかなり明らかになったものの、結局のところ信念の違いが明確になった以上の成果があったとは思えない。

>解雇規制を撤廃、もしくは緩和することを主張する論者の多くは経済学者である。彼らの主張の多くは、自由な市場取引と自発的な労使交渉の結果にゆだねるべきであり、強行法規的な規制は資源配分を歪めるだけだというものである。

>否定的な見解にたつのは概ね法学者である。生身の人間は弱い存在であるため、自由な経済取引に労働者をさらすのは望ましくないという前提から、さまざまな保護や規制の必要性を説くことが多い。

>経済学者が語る前提に対する批判として、実際には労働者は弱者であり、企業と対等に契約、交渉できない、生存権のように必ず保障されなければならないものがある、労働者は必ずしも合理的ではない、などが挙げられる。

>こうした明らかに肯定できない環境を前提として解雇規制の意義を考えるのではなく、労働者が合理的な意思決定ができ、交渉や契約の席上でも十分力のあるような環境においても、解雇規制の有効性を示すことができるかどうかをまず考えるべきであろう。以下はこうした観点から解雇規制の効果を再考したい。


法学者と経済学者のイデオロギー対立に巻き込まれず、経済学者らしい推論の王道をいこうとしているのです。経済学的推論だからと言って、福井先生他が喜ぶような「単純な」結論、「契約自由の原則の下で解雇規制を緩和すれば、若者、高齢者、女性、フリーター、低学歴者、コネのない者などに確実に就業機会は拡大する。」にならないのは、お読みいただければ分かります。こういうのをみると、福井先生や八代先生の「学問」とは何なのかと思いますし、尻馬に乗ったか、役所にくすぐられて喜んでいる(?)某会長さんは一体・・・。と、無駄口でした。


以下、結語とそれにいたる推論のポイントです。


>結語

>従来の価格理論が分析するのに適しているのは、労働者の入れ替えや転職がしやすく、業務内容や報酬が就業前に明確になっている場合である。このような仕事の例として、ファースト・フードやコンビニエンス・ストアのアルバイトや美容師やコンピューター・プログラマーなどの専門職を挙げることができる。このような仕事では、自由な労働市場による取引が効率性を達成しやすい。
一方で、業務内容が複雑で事前に明確にできない仕事や転職に時間や費用がかかる場合は、規制の有効性がでてくることをミクロ、マクロの両面から分析した。とくに賃金の硬直性と賃金格差が規制を有効にならしめる要因として重要であることを述べた。もし、賃金が伸縮的に調整することが可能であれば、効率的に離職や雇用関係の継続が行われるため、強制的な解雇は起こらない。それゆえ、解雇規制の有効性も生まれないことを指摘した。賃金の硬直性と賃金格差の下では、解雇規制がまったく存在しない場合、社会厚生を改善する余地が残るという意味で、解雇規制の役割が存在する一方、規制が過剰な雇用保障をもたらす可能性もあるため、規制の効果を測るのは慎重を要する。上記の結論はサーチ理論の枠組みでマクロ的に分析しても成立し、規制のもたらす効果は複雑である。そのため、解雇規制の議論は理論的に結論を出せる類のものではなく、実証的な作業に委ねられるべきものである。

>ポイント1

市場の自由な取引が望ましい労働とは、労働者の入れ替えや転職が容易で、かつ業務内容が明確な仕事である。

>ポイント2

雇用契約を結ぶ際に、様々な理由から業務内容や報酬を詳細に決められないことが多い。これを契約の不完備性とよぶ。

>ポイント3

業務内容が明確な仕事は、業務請負契約(市場取引)が行われる。業務内容が不明確な仕事は、雇用契約(組織内取引)が行われる。

>ポイント4
業務遂行に関して使用者の指示・命令を受けることを労働者性と呼ぶが、契約上明記されていない指示・命令を受けるという点で、労働者性と不完備性とは親和的な概念である。

>ポイント5
市場の失敗とは市場や契約の不完備性によってもたらされる。

>ポイント6
解雇規制が有効となるのは賃金の硬直性と賃金格差が存在する場合である。

>ポイント7
賃金が伸縮的に調整されるなら強制的な解雇は起こらない。解雇が起こるのは賃金が十分伸縮的に調整されないためだ。

>ポイント8
売上金額のような客観的な成果基準がない場合、労働者の評価システムは企業内の制度的なインフラであり、評価システムの実行と定着には時間がかかる。このような場合、伸縮的に賃金を調整するのは限定的になる。

>ポイント9
賃金格差は業務遂行に必要な努力費用と労働者の転職費用の存在からもたらされる。

>ポイント10
解雇規制によって労働者の交渉力が高まり、労働者の利得が上昇すれば、労働者の努力のインセンティブを高める可能性もある。また、解雇規制が労働者のインセンティブに負の影響を与えても、規制が社会厚生を改善する可能性がある。つまり、規制によって労働者のモラル・ハザードや社会厚生の悪化が必ずもたらされるわけではない。

>ポイント11
効率的な労使交渉が行われる場合、解雇規制は労働者の分配を高めても雇用量は効率的な水準で決められる。一方、効率的な労使交渉が行われない場合、規制の効果はポイント10と同様に複雑になる。

>ポイント12
サーチ理論は転職や職探しに時間や費用がかかる現実的な経済を分析するモデルとして経済学で広く普及した理論である。

>ポイント13
サーチ理論においても、賃金が適正な水準に伸縮的に調整されるならば、雇用契約の解消は効率的に行われるので、解雇規制の役割は存在しない。

>ポイント14
賃金が伸縮的に調整されても、サーチ理論が想定する労働市場では効率性が必ずしも達成されない。効率性を実現する最適な労働者の分配率(交渉力)の水準が存在する。

>ポイント15
労働者の分配率(交渉力)の上昇は雇用創出を抑制するので失業率を上昇させるが、成立した雇用契約が解消されやすくなるかどうかは不明確である。また、解雇規制によって解雇の発生頻度は小さくなり失業率は減少する。

>ポイント16
労働者の分配率(交渉力)の増大や解雇規制が社会厚生に与える影響は、労働者の分配率の水準が社会的に見て適正水準にあるかどうかに依存する。労働者の分配率が低すぎるとき、賃金が伸縮的な経済でも解雇規制によって、失業率が上昇するが経済厚生は改善する。

>ポイント17
労働者のインセンティブの問題を考える場合、解雇規制の効果は不明確である。

>ポイント18
解雇規制が賃金をより伸縮的に調整させる可能性があるため、賃金の伸縮性を単純に観察して規制に効果を判断することはできない。