【愛情の源泉(家族の意義)】

※長文注意報発令中

 

20歳の時から40歳を過ぎるまでの20年以上、私は泣いたことがなかった。中森明菜の歌を気取っているわけではもちろん、ない(世代が分かるw)。

いや、一度だけ、テレビ放送で戦中の不幸な女の人の実話とした物語を見ていた時、ホロリと不覚を取った。それ以外は、ない。

 

男は強くあるべきだ、そして泣くもんじゃない。ボクが子供の時から大人になってもしばらくは、世の中は当たり前にそういった雰囲気のある時代だったから、そう思っていた。21歳の時の大失恋以降、特にそう強く思うようになった。武田鉄矢の作った映画に「男は強くないと大事な人はみんな遠くに行ってしまうんだぞ」なんてセリフがあったが、(泥)臭えなあと思いつつも やはり同意していた。

大失恋の時、私は自分が本当に情けなかった。弱虫だったのだ。断腸の思いで諦めた末に、強くあろうと思った。何が強い男かはわからなかったが、とにかく強くあろうと思った。そしてやがて、その女(ひと)に恥じない自分になって、二度とそんな情けない思いはしないと誓った。

 

泣かなかった期間中、自分は強い人間だと、強い男だと思っていた。そうなれたのだと思っていた。が、実際にはそうあるべきだと思って無理していただけだった気がする。

 

多分だが、子供の頃から感受性とか感性とかが、平均よりは豊かだったり強かったほうなのだと思う、多分。が、それは弱さを表に出してしまうものでもある。それを何となく知っていて、強がっていたようだ。そのための手段として、強くあるべきための手段として、意識的に感性を閉じていた部分が間違いなくある。本当は可哀そうだと思っていたり、悲しく思っていたり、共感したりしていたことを、まるでこの世の呆れた弱さだと言わんばかりに、無理に知らないふりをして、気づかないふりをして、その弱さを常に上回る論理を調子に乗って振りかざしていた(実際には必死に探していた)のが泣かない期間だった。

要は、鈍くなることで痛みを誤魔化していたのだ。神経を鈍くすれば同じダメージを受けても痛みは感じないで済む。それは本当は強いこととは違うのに、傷ついているのにそれを直視しなかった。もっとも若かったので地金がそれなりに強いため、ある程度は本当に強い部分もあり、まあ、無理がきいたんだね、当時は。

 

それも、44歳の時の鬱病を機会にやめることにした。泣かないどころか、鬱病期間中は泣かない日は珍しかった。ひどい時は一日中泣いていた(苦笑)。

それまでの自分を振り返り、色々考えたのだ。

あまり無理をするものではない。自分の弱さを認め、生き方を少し変えた。

俺も、もうトシなんだよ。

 

 

 

話しは変わるが、私は思春期のあたりから20代の終わり頃まで思想はリベラル的だった。リベラルは昔、進歩派なんてふうにも言われていた。今でも一応言うが。

世の中で、弱い者、可哀そうな人を見ると、助けたくなった。その実力はなかったけど、助けたかった。世の中の弱く困っている振り返られないか、見て見ないふりをされている、そして時に見捨てられかけている人も、救われるべきだと思っていた。

でもまあ、今でも基本的にはそう思っている。何も知らなかった昔ほどではないが。

それから、きらきら見える正義はやっぱり勇ましく心地いいので好きだった。強く欲深い権力者は汚くて嫌いだった。まあ、今でも単なる欲深い権力者は嫌いだが。

 

でもやがて大人になるにつれ、少し視野が広くなるし、物事の深層や裏側も少し見えてくるし、しばしば感じる整合性の怪しい違和感をリベラルに感じ始めると、大きな疑問を持ち始め、やがていくつかの決定的なことをきっかけに、そこから距離を置くようになった。

 

そのリベラル思想にはいくつかの特徴があるが、そのうちのひとつは既存体制の破壊(既存体制の否定)だ。

 

言うまでもなく、日本は個人主義を採っている。法がそれを担保してるってやつ。全体の都合よりも個人の自由や権利を、公共の福祉に反しない限り優先しますよ、でありますね。

西洋的な価値観と東洋的な価値観ってあります。アラブの価値観もあるし、もちろんアフリカとか中南米の価値観だってあっておかしくない。西洋でもロシアなんか少し価値観が違うらしい。

ちょっと視野を広げ過ぎたが、西洋的な価値観の個人主義は、家族(血族)主義らしき伝統を持つ東洋的価値観とは元々結構違う。東洋に位置するこの日本にその個人主義を含む西洋的価値観が本格的に入り込んだのは戦後だが、昭和から平成初期にかけては、家族主義(広くは天皇制かも)の伝統と個人主義のミックスが、一般社会では案外バランスをとってそれなりにうまくやっていたような気がする。

各家庭の子供は生い立ちの中で、家族親族の交わりの中でその関係を見て感じることで築き上げた人との関わり方をベースに、やがて外の人たち(家族以外の周囲の人たち)と関わるようになり、そうした人たちがそれぞれに築いてきた、社会での人間関係への理解の元、それぞれの場面で様々な調整をしながら、それぞれの考えを発露して世の中と付き合っていたように思う。

 

それが、この2~30年くらいで結構変化したと私は感じ続けている。

もちろん個人主義的な価値観がとても強くなっていると感じているのだが、まあ、個人主義を採る日本でそれは、当たり前と言えば当たり前なのだが、何というか個々人それぞれが自立してしっかりとした意志を持ち、能動的に自由に活動しているという感じではないのだ。

それは、人や社会との関係が希薄で、寄る辺なくバラバラで、個人主義というか孤立して過ごしているように見える。なんだか放っておかれている感じ(そしてこれはマジョリティだと思う)。

でなければ逆に(個人)主義主張を振りかざして他人を踏みつけにしてでも自我を通そうと目を吊り上げているように見えちゃう人達もいる(きわめて目立つが実際にはマイノリティ)。

なんだかバランスが悪いのだ。

 

私は三島由紀夫も読んだことのない無教養な者だが、彼はかつてこうしたことを言ったという。

「人は自分のためだけに生きていけるほど強くはないのだ」。

25歳の私がこれを聞けば、そんなことあるかと一蹴した。ものが分かっていなかったので。

40代も後半に入ると、そうだよなと感じるようになった。本当にそうだ、そんなに強くない。

 

家族の一般的解釈は、まず男女のつがい。そこに(大抵)子ができる。それが制度としての結婚の前提だ。人口とか社会とかの維持のために(も)制度があるのだよね。もし今日から子が全くできないと、150年後には確実に日本(人)の人口はゼロだ。国がなくなっちゃう。

でも、まあ、それは制度。家族はもちろん中身が大事。

男女が愛情で結ばれ(時に愛情はそれほどないかもw)子ができると、その子は親の愛情を受けて育つのが通常である。愛情を十分に受けられないと、ほぼ間違いなく子は問題化する。心がきちんと育たないからだ。

親である男女間の愛情の様子を見て、自分も両親の愛情を受けて育つ子は、かなりの確率で心が健全に育つ。愛情は普通に考えて心地いいものなはずである。さらにその愛情は自分の心の基礎の基礎を構成するものなので親の愛情という基盤はその子にとって少なくとも自立するまでは かなり重要だ。そして、その愛情をきちんと受けた子の心理はやがて、「この人(←親ね)を悲しませたり困らせるようなことはしないようにしよう」になるはずである。まして、呆れられ嫌われるような真似は避けるに違いない。心地よい愛情を受けられなくなったら自分が困るからね。それも、かなり。

そうしてやがて独り立ちする頃になると子は、生家での家族間で得て身を置いていた愛情ある環境を、次は自分で作ろうとする傾向が強いはずである。もちろん馴染みあるそれが、自分の基盤であると心地良いからだ。

 

その中で親は子へ、子は親へ、相互に健全な依存関係――依存の言葉が悪いなら信頼関係を築いていく。まだ何もできない頃の子でさえも、親へ「可愛い」と感じさせるものを天然的に持っているし、要介護5にもなろうかというほど年老いたもはや何もできなくなり実に手のかかる親でさえwも、子に「気持ちの支えかな」と思わせる。かつて十分な愛情を注いでくれた貯金分かな?

(特に乳幼児期の非常に手のかかる子の世話を焼く行為自体が、親に愛情の刷り込みになるように、もともと人というのはそうできているという気がする。にゃんこやわんこの世話を焼く行為も愛情の刷り込みになってますしね。)

 

と、まあ、私は家族というものをそのように捉えているんですが、上述したリベラルとかいう考えを持った人種の方々は、今日も家族の破壊にご執心。あの人達はまるで木の股から生まれてきた挙句、一人ででかくなったような面(←「ツラ」ね)している訳ですが、そうした方々は今はどうか知りませんが、昔は親との関係が悪い人たちが大半でした(フェミの女どもは特に母親とね。気づいてたんだよ)。自分が愛情に恵まれていないからって、人の愛情空間にアヤ(=因縁)つけるのはどうかと思う。

そう言えば、ある人は「サヨク(←リベラルね)の人達って、自分が不幸だから他人も不幸にしてやろうとしているようにしか見えない」なんて言ってたっけな。なるほどそうだね、と思っちゃった。うん、なかなか慧眼だ。

 

リベラル勢力は特に近年、狂ったようにその思想を押し付けてくる。でもあれは、流れとして`60年代のヒッピー文化あたりから世界中に伝播し始めたことから(日本でも学生運動の頃から)、基本的に物の分かっていない、鈍く、故に強い、若者年代の思想文化(?)なんだよ。

平均年齢40代後半になってしまったこの日本に、果たして馴染むのかねえ?

 

ということで、私は家族破壊を目論むリベラル思想を、少なくともこの意味において憎んでいる。

社会制度は、人の人格形成と健全な社会を築くのに欠かせない家族機能の、補助であるべきで代替にするべきものではない。

 

 

 

 

 

 

一昨日の2月2日早朝。

 

 

 

おばば様こと私の母が逝去しました。

 

 

 

 

直接の死因は心不全。広い意味では老衰になります。

1月31日までは普通に過ごしていて、夕飯も完食。ところが2月1日の朝に容体が変わっていて、意識レベルが下がり目も開けなければ呼びかけても返事もしない。とても痰が絡んでいた。Dr.処置で点滴と酸素吸入。夕方頃意識が戻り、翌2月1日に私が老人ホームを訪ねた時も、目を開け返事もし、簡単な会話はできていました。予断は許さないが、このまま調子が上向いてくれればと期待をしていたものの、残念ながら力尽きてしまいました。

享年92歳。

 

介護になって以降は弱気になっていて、故にか、甘ったれで我儘、寂しさからヒトを傍に縛りつけるし頻繁に呼びつけるし、実に鬱陶しかった。本当に、実に、手が焼けた。

なのに、いなくなるとアレですね。買い物してても、メシを作っていても、他にもすべて自分のために手間や時間がかけられるのに、おばばの世話をしなくていいとなると、逆に何してても張り合いってものがなくなっちゃったんですよね。

 

なかなか、ね。60年も傍にいた大きな愛情を失くしてしまうと、

 

生きていく上での張り合いも、なくなってしまいそうです。

 

 

 

ため息が止まりません。

 

 

  

    しっぽフリフリ