無事にメキシコより帰国しました。
改めて、関わった皆様ありがとうございました!
今回のルチャリブレ・ビクトリア・ワールドカップ2016ではたくさんの再会がありました。
ポール・ロンドン
選手ではなくLUCHA UNDERGROUNDのエージェントとして来てました。
ZERO-ONE時代の思い出話、彼がWWEタッグ王者になって来日した時はホテルに会いにいきました。「あの時は嬉しかったなぁ」と言ってました。
またリングの上でも向かい合いたい選手。
多国籍軍のミル・ムエルテス。
会ってみてびっくり。
遠い昔には同じ屋根の下で寝泊まりしたこともある選手でした。
チャボ・ゲレロJr.
FUNAKIさんがWWEで来日された時に同席して以来。
FUNAKIは元気か?と気にしてました。
マエストロ ソラール
その昔、AKINOと組んでアパッチェ親子と試合しました。当時はAKINOとそっくりだと言われてたので、ファビーは今回も僕のことを「アキノサン!」と呼んでました。
ブルー・デモンJr.
2007年7月にNWAプロモーションのテキサス州マッカレン大会でタッグを結成(画像下)して以来の再会。その時の対戦相手はラヨ・デ・ハリスコJr.とTJPでした。
出場全選手、関係者での記念撮影。
プエブラの会場にはクレイジー・ボーイが来てくれました。
田中さん大好きの彼は「タナカスペシアル オネガイシマース!」と言ってました。
僕のプロレスの幅を広げてくれたひとり。だからこの遠征も違和感なく闘えた。
決勝大会後、打ち上げ会場まで会いに来てくれました。
「ヒダカサン オナカ ダイジョーブ?」が第一声(笑)
初のメキシコだから当たり前だけど、彼の国で会えて嬉しかった。初めて会ったのがアメリカ、次に日本でした。
そして今回の旅では大きなことに気づかされた。
僕はメキシコが、ルチャリブレが好きだったんだ。
タイガーマスクでプロレスに入り、次にミル・マスカラス、ドスカラス、カネックをはじめとするマスクマン、ルチャドールに憧れたんだ。栗栖ジムでは会長に「小さいやつはみんなメキシコに行けばいいんだ」って言われて、メキシコに行くことを考えたこともあった。その後伊藤崇文たちと練習を重ね、バトラーツに入門した。それからもメキシコには何かと触れてきた気がする。マスクマンに憧れてたから僕は入場時にマスクをつけるようになったんだ。
プロレスラー生活で少し身についていたスペイン語も数日間で少しずつ引き出しから出てきた。
そして感じた「世界はひとつ」
ご縁に感謝。
Muchas Gracias!
VIVA MEXICO!!