ひっちぇるラボ(ハピネス)

ひっちぇるラボ(ハピネス)

「日常にもっとハピネスを」をコンセプトにさみしがり屋なひっちぇるがさみしくならないために、より毎日を楽しく過ごす方法を探求することを目的としたブログ。
日々の日常や思うところを書いていく予定。
『レールから飛び降りたい!!』

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こんばんは。ひっちぇるです。

割と前から思っていたのですが、幸せとか、幸福度っていうのは相対的なんじゃないかなーって結構確信を持って思っています。

あっ本題に入る前にそもそもの大前提なのですが、このブログは私自身が幸せだから、みなさんに幸せをおすそわけしよう!!的な厚かましいものではありません。むしろ私の日常はむしろちょっと残念で、存分にハピネスを欲しています!!だからこそよりハッピーな日常を求めて、日々探求する過程を紹介していく感じにしていきたいと思っています。

はい。さて本題に入りますが、幸せが相対的と考える理由はちょっと例をあげるとわかりやすいと思いますが、例えばすごいベタな例ですが、もし自分が砂漠のど真ん中にいたとして、もう水筒の中身は空っぽで今にも喉が渇いて死にそうなときに、偶然出会った人にボルビック(メーカーは正直なんでもいい、とにかく水!!)をもらったとすると、その水を飲める幸福度というのは底知れぬものであると思います。
あっ何となく例が非日常すぎたので、もうちょっと日常的なものに落とすと、普段からリッチな生活をおくっていて、お金に全く困ってない人が先輩から焼肉をおごってもらうのと、私みたいに日々のやりくりに苦戦しているような人がおごってもらうのとでは、確かに両方嬉しいと思うのですが、感じる幸福度は違うと思います。確実に後者の私の方が幸せだと思います。
(わかりにくい例で、ごめんなさい。)

もうちょっと考えると一般的な人にとってはごく普通なことでも、自分にとっては幸せなことっておそらく日常に溢れ返っている気がするんですよね。例えば普段外資系のとある会社で働いてる平均睡眠時間2時間の人が、6時間寝れる日があるとそれだけで、相当に幸せだと思います。
この6時間寝れるということは普通に人にとっては何の特別なことでもありませんが、この人にとっては本当にハピネスの塊であると思います。
(なんかもっとかっこよくわかりやすくて説得力のある例があると思うのですが、言えなくてショックです。笑)

このように幸せというのはやはり相対的で日常の中でもハピネスの要素があふれていると私は思います。だからこそ幸せになることは決して難しくないのではないかと思っています。日常の振る舞いをちょっと変えるだけで、より豊かな日常になり得ると信じてます。

このちょっとした努力でハピネスになることを探求できればと思っています。
『あー完全に幸せになりたい!!』
それではこれから宜しくお願いします。

追記
逆説的に考えると、超絶不幸を探求し続ければ、ごく普通の日常すらかなり幸せになるのではないかという仮説(おそらく正しい)も存在しますが、ちょっとあえて不幸せになる勇気がないので、プラスをより大きなプラスにする方向で行きたいと思います。