幸せは見つける。
なるものではなく、いつも必ずあって、気づいて感動したり愛おしい気持ちになったり、ウキウキしたりわくわくしたりする。
自分を許すのも責めるのも自分。
苦しく辛い日々を重ね、たくさんの人に事情や経緯、気持ちを聞いていただいた。とても困って困って、心身が限界を超えてやっと命を維持する状態になって、助けを求めた。
4年経って気づいた。
わたしの悩みや苦しみ、やり方、考え方、価値観を聞いてくれた人たち、誰一人わたしのことを否定しなかったということ…。アドバイスや選択肢、指摘はいただいた。
けど、否定されなかった。ただの一度も。子どもの頃は………否定されたり押さえつけられたりして、わたしの価値観や気持ちは全部間違いだと思ってた。“何か自分の意見を発言すると悪口を言われたり怒られたりする。だったらもう「自分」の中にあるものは言わない・消去する・黙る。”
こうやって心を守った。
この4年もそうだけど、学年が上がるにつれて人間関係が広がり、気づける世界が広がった。広がった世界では、みんな、自分の意見を言ってたの。びっくりした………。
分からないって言っていいんだ…
わたしはこう思うって言っていいんだ…
わたしは“違う”って、思っていいんだ…
自信がなかったのは、わたしには出来ることなんかないと思い込んでいたから。
どうせ無難に生涯を終えるんだろうと自分の人生を諦めていたのは、自分に可能性はないと思い込んでいたから。
人見知りで話すのが下手………これも自分の思い込み。
極めつけは、、、出来ない、無理、こんなもん、諦めよう、やめとこう、わたしには何の価値もない………………こんな設定をしたのは、わたし。
わたしがわたしを全否定してた。
居心地の悪いところに腰を据えていたのは、自分の根っこ。否定的な思い込みがわたしの奥深~いところにしっかりと根を張ってた。
いくらだって自由になれたのに🕊️
自由な感覚を知らなかった。
自分を消すことは得意だった。
わたしという人間について誰かに話すことが苦手だし大嫌いだった、怖かった。
自分の中の無限の可能性に気づいたら、自分を閉じ込めていたのは自分だったって分かった。
それでも時々、また、自分を閉じ込めることがある。
だけど、自由に自分を表現する気持ちよさを一度味わったら、ずっと閉じ込めておくことは不可能!
どうにかしてまた自由になろうとする。
心が!!!
勝手に動き出す!!
「自分を否定したり責めたりする自分」さえも許せたら、無敵だと思います
心は自由。
良い思い、どんなに良くない思いを抱いたとしても。
決定的な違いは、それを実際に行動に移すか否か。
良いことは挑戦してみればいい。
良くないことは行動しない、自制出来ないならすぐに誰かに伝える。否定されない誰かに。
どんな思いも感情も否定せずに聞いてくれる人や場所が大切だと思う。