自分を信じろ



自分を信じるとは、自分の感覚・感性を信じること



数えきれない日々の決断

答えは常に自分の中にある




違和感こそ注目する


良いと思ったことは即実行


何か良い、何か嫌、何か引っ掛かる…


ほんの少しの心の動きを見逃すな


どんなに些細な心の動きも大切にする



周りの声、体験する出来事はヒント

頭の中のお喋りは、過剰なブレーキ

頭の中のお喋りが多い人は、ブレーキを踏みすぎ。

もっともっと自分の感覚や感性を信じるべし。


そうやって出した答え、そしてその答えに従って起こした行動は何よりも価値があるもの。



自己肯定感とかよく分かりませんでした。

自己肯定感が高いとか低いとか。きっとわたしは低いんだろうなって分かってました。


自己肯定感が高いほうが良い

人として望ましい。


………………って、その価値観

ほんとかな??

ほんと?


「ほんと」って、どゆこと??


自己肯定感が高いと、良いの?

そもそも、その「良い」ってなぁに?

素晴らしさの指標?


「良い」ってなに???



自己肯定感の高いわたしって

居心地良いのかな?

「本当」って?



自己肯定感が高いほうが良いらしいから、高めようと頑張りました。


頑張ったけど、自己肯定感上がったぞーーー!やったぁーーーー\(^^)/なんて、感じませんでした。





一番腑に落ちたのは

自分の感覚や感性を信じること。



自分の感覚や感性を信じる気持ちよさ。心地好さ。


わたしはこの感覚に出会って、ようやく自分を許せるようになれた気がします。


自分を思い込みの鎖で苦しめるのも、自分をその鎖から解放するのも、自分自身。

結構思い込みとか固定概念が邪魔してたなぁって思います。

いまだに時々、思い込みの鎖を見つけて外すことがあります。



みんながそれぞれの感覚や感性、時に直感を信じてそれに従って選べたら、みんな心地好く生きていけるのになぁって思います。



今の社会、ちゃんとし過ぎだな~って思います。


でも、それぞれの心地好さに添って生きるための選択肢がないんだと思います。



社会の一般常識とか世間の雰囲気とか行き過ぎたモラルとか。


自分に厳しすぎる。


あれをすべき

これをすべき

ここはこう考えるべき



本当にそうなの???


他の視点もある気がする。



もっとのびのびゆるっも生きないと、窮屈過ぎて、いつかどこかでパーン!!!ってなる気がします。

  



ひとりひとりが自分の感覚、感性、直感に出来る限り寄り添って生きられる社会を望みます。  

というか、そうします星