さて、昨日の夕方パリに帰ってきました

飛行機を降りて空を見ると虹がうっすらだったけどかかっていました

雨も少し降りながらこっちでは太陽が眩しく顔をだして光を雲の隙間から放ってくれていて神々しかったです


富士に今回エリちゃんと行った時に車から見た光景が蘇ってきて、そこで一緒だったドラゴンがパリにまで一緒に来てくれたのか気持ち良さそうに雨と光の中を自由に飛び回っていました

ありがとう


さて、そんなこんなで最寄の駅に着いてカズに電話したら火葬は終わってうちら側の親戚以外皆帰ったけどこれから、叔母ちゃん達とお祖母ちゃんのお墓(そこに亡くなった叔父さんも入ることになります)に行くからと言われました。
これだったんだな・・

実は私も弟もお祖母ちゃんが亡くなったことをその当時(13年前になります)母から聞かされていませんでした

なのでお葬式にも行けず(というか知らなかったので

それで今回行くことになってやっとこの時がきたのか。。と今回の展開にまた感謝しました

そして、今回お葬式には間に合わないと思っていたので喪服(ちゃんとしたのは持っていないので


だからカズも近い親戚だけ残ってて逆に良かったね事情もわかってるし

そして火葬場についてお墓に向かいました。。
そこはとっても気持ちの良い自然がいっぱいの霊園でした
大きな池もあって鴨ちゃん達もたくさん気持ち良さそうに泳いでいます
福岡のレアの従妹達のお祖母ちゃんでもある私の叔母、チャコ叔母ちゃん達がお墓のところへ先に歩いています。
チャコ叔母ちゃんの明るく大きな声は遅れて着いた私達のところまで響いてきます
追いついて私のお母さんの1番したのお兄さんとその奥さん、2番目のお兄さんの奥さん(K叔母ちゃん)とその息子(私の従兄弟)そしてチャコ叔母ちゃんに挨拶をして、お墓のお掃除を皆でしてお参りをしました
私は最後にお参りをしたのだけど手を合わせて目を閉じた途端に一気にエネルギ‐が降りてきはじめました
体が動けなくなって皆待ってるの分かってたし後ろでカズが皆に外人なので・・(だから僕らにはわからないけど長いんですみたいな意味だったらしい
)とか訳のわからない言い訳をしてくれているのも聞こえていたので・・・ちょっと恥ずかしい
とか思いながらでも動けないのでそのままちょっと感じているとお墓の丁度真上の辺りに向かって左手にお祖父ちゃん、右手にお祖母ちゃんのエネルギ‐がまるで柱のように立っていました
というか降りてきてくれました
顔とかは視えなかったけれど彼らのエネルギ‐の周りは輝く光で覆われていました

そのエネルギ‐はとってもしっかりと通っていてだから柱のように感じたのかも知れませんが、平和で調和に溢れているものでした。。
彼らは大丈夫だ。。
そして2つのエネルギ‐はとても私を歓迎してくれました
そのエネルギ‐で私は満ち溢れて涙がでてきました。。
ありがとう。。。
そしてJ叔父さんのこともすっかり大丈夫だと言ってくれているように感じました。
でもやっぱり皆が待っていたし恥ずかしかったので
早く終えなきゃと思いました
それでもまだエネルギ‐がきていて動けないので終えるのを待っているとそこの土地に自分も繋がっていくのを感じました。
光も一緒に・・
そしてそこの土地への感謝、愛が溢れてきました。。
そして解放されたので感謝と共に終えました。
その後、亡くなった叔父さんの奥さんと子供たちは家にお骨を持ってすでに帰っていたので私たちはご挨拶をしにそこへ行くことにしました
そこの叔母さんや従妹達と会うのも20年以上ぶりでした。
というところでまた続きは明日に。。

大きな池もあって鴨ちゃん達もたくさん気持ち良さそうに泳いでいます

福岡のレアの従妹達のお祖母ちゃんでもある私の叔母、チャコ叔母ちゃん達がお墓のところへ先に歩いています。
チャコ叔母ちゃんの明るく大きな声は遅れて着いた私達のところまで響いてきます

追いついて私のお母さんの1番したのお兄さんとその奥さん、2番目のお兄さんの奥さん(K叔母ちゃん)とその息子(私の従兄弟)そしてチャコ叔母ちゃんに挨拶をして、お墓のお掃除を皆でしてお参りをしました

私は最後にお参りをしたのだけど手を合わせて目を閉じた途端に一気にエネルギ‐が降りてきはじめました

体が動けなくなって皆待ってるの分かってたし後ろでカズが皆に外人なので・・(だから僕らにはわからないけど長いんですみたいな意味だったらしい



というか降りてきてくれました

顔とかは視えなかったけれど彼らのエネルギ‐の周りは輝く光で覆われていました


そのエネルギ‐はとってもしっかりと通っていてだから柱のように感じたのかも知れませんが、平和で調和に溢れているものでした。。
彼らは大丈夫だ。。

そして2つのエネルギ‐はとても私を歓迎してくれました

そのエネルギ‐で私は満ち溢れて涙がでてきました。。
ありがとう。。。
そしてJ叔父さんのこともすっかり大丈夫だと言ってくれているように感じました。
でもやっぱり皆が待っていたし恥ずかしかったので


それでもまだエネルギ‐がきていて動けないので終えるのを待っているとそこの土地に自分も繋がっていくのを感じました。
光も一緒に・・

そしてそこの土地への感謝、愛が溢れてきました。。
そして解放されたので感謝と共に終えました。
その後、亡くなった叔父さんの奥さんと子供たちは家にお骨を持ってすでに帰っていたので私たちはご挨拶をしにそこへ行くことにしました

そこの叔母さんや従妹達と会うのも20年以上ぶりでした。
というところでまた続きは明日に。。
