時間の経過を 只々望んでいた
『喪の仕事』というメンタルの
流れを知った時から
40代、この10年で
主人を亡くし
彼を亡くし
貴女の状況からしたら
3年ぐらい泣いていてもいいと
医者に言われた時から
時間が経つことだけを待っていた
職を離れ
1日24時間が
全てプライベートタイムとなったことで
喪失の継続となり
それを踏まえた日常という時間を
感じるようになった
戻ってはこない日々
戻ってはこない命
そして
生きて1秒1秒を確かに重ねている自分
この1月半のたくさんの癒し
熊本
実家
友達
家族
最後を一緒に過ごしたこの部屋も
ようやく
彼の生々しさが薄らぎ
新しい日々、新しい初夏が来る気配がする
過去という言葉は
少し冷たい気がするけれども
悲しみや、寂しさ
恨みも、恋しさも
そうだね
優しい思い出になって
心の中に溶け込んでいく
主人も彼も
確かに存在していた
色んな時間を私の中に遺した
死んでしまえば
怒りや苦しみや涙も辛抱も
楽しいものに変わるなんてことは
物語か小説の中の
偽善の振る舞いだと思っていたけれど
何だかそんな風に思えてきたんだ
死の尊さなのだろうか
生きる為の本能なのだろうか
何一つ捨てたり諦めたりしてないけど
全てが優しい固まりに変わる
時の魔法
生きる者の強さは
優しさ
ありきたりだと思っていた
幾代の頃からの教えを
真に思う