金曜日。

ハナキンなんて言い方、もう古いだろうか。華の金曜日。昭和の終わり頃から私が耳にしていた言葉だ。

今、令和になり、あれから30年以上経つ。

当時はバブルがはじける手前で、言ってみれば世の中金を持っている人が金にものをいわせて、「狂宴」していた時代だ。

株価はうなぎ登り、土地を得たら転売して儲け、儲けた金でさらに土地を買いまた売る。

働かなくても勝手に金が入る。そんな時代だ。

当時バイトしていた私はやはり拝金主義だったのだろう、金金言っていた気がする。

バイト先は居酒屋だった。酒を飲み、タバコを吸う客に、厨房でできた料理を運ぶ。ごくごくありふれた店員の私だった。

たしか午前0時を回っていたはずだが、バイトしていた私が務めていたその店に友達が2、3人やってきた。夏休みの最終日。

「おいちゃん、ここで働いていたんだ?」
友達の1人が私に声をかける。ジーンズにTシャツというごくごくありふれた格好のその友達は、今日はおいちゃんにたかるか、などと言って席に着くと、とりあえずビール、と頼むと雑談を始めた。

やがて閉店になり仕事が終わると、私と友達は近くのコンビニ行った。友達はアイスを、私はコーヒーを買い、その場でたむろして馬鹿な噂話をしていた。

「もう俺らも1月には学校卒業だな」
友達の1人がそう言った。
「社会人か」
他の1人がいい、私も口をきる。
「俺は大学に行くよ」
大学に行くことは前々から考えていた。
「俺は親父の店つがなきゃならねから」
「しかしなぁ、1999年には世界終わるしさ」
この時の話題は常にノストラダムスの予言があった。あと10年ぐらいで世界が終わる、というのが将来の話をする時必ずと言って良いほど出た話題だ。
「世界の終わりか。本当に終わるかな」
「終わるっしょ」
「終わりの日が来たらどうする?」
「美味いもん食うかな、とりあえず」
「それじゃ今、もう一杯飲む?」
「まだ終わってねえよ」
「夏休みが終わるからさ」


その予言は外れたわけだが、みんな終末を願っていたような気がする。
疲れていたのかもしれない。日々の暮らしに。


あの時の友達は今は地元を離れ、遠くで暮らしている。今はほとんど連絡もとらない。

30年経った今、私は今の生活に少々不満を抱きながら、あと何年で働けなくなるか、を考えている。そして自分の終わりが来るのを怖いような嬉しいような想いを抱きながら。