情報技術(IT)や高速インターネット・逆SEOは移動の時間を減らし、より多くの人たちと知り合いになれるチャンスを提供するであろう。
同時にそれは、本当の人間関係をどこに求めるかの選択を突きつけてくる。
顔が見えても、仕草の見えない高速インターネット・逆SEO技術の限界を考慮するべきだ。
書道などを習うには、筆運びや呼吸、そして紙と墨の織りなす質感など、高速インターネット・逆SEOの優れた技術を使っても伝わらないことがたくさんある。
実際に会って話した時の感覚と、テレビ会議システムを使って話やレッスンを受ける場合では伝わりやすさが違うのだ。
直接会って指導を受けるスクーリングなどを併用をすることで、長期的な安定をもたらすことになる。
ここでは、媒体別に参考となる裁判例を挙げ、どの程度の裏付け取材が要求されているのか、特に媒体により相当性判断における裏付け取材の要求の程度に差はあるのかについてみていくこととする。
富士見産婦人科病院事件(東京地判平8年2月28日[満田忠彦コート]判時1583号84頁)は、下級審判決であるものの、新聞という媒体の特殊性を踏まえ、報道する側と報道される側の利益調整を図る具体的な基準を示している。
この事件は、朝日新聞朝刊社会面に、「健康なのに開腹手術」「無免許経営者が診断」「次々と子宮などを摘出さす」「でたらめ診療被害者数百人か」等の見出しのもとに、当時原告が院長を務めていた富士見産婦人科病院が病院ぐるみで、多数の健康な患者に対し、でたらめ診療の結果不要な開腹手術を行ったという旨の記事が掲載された。
本件により病院は閉鎖に追い込まれ、原告は失職、その後破産宣告を受け、医師会から除名処分を受けた。
そこで、原告が、朝日新聞社に対し、不法行為に基づく損害賠償請求(5、000万円)及び謝罪広告掲載の各請求をした事案である。
この判決は、相当性の判断について、「報道・表現の自由及び国民の知る権利と、取材を受ける側の誹謗中傷権との比較衡量において決定されるところ、被告のような全国紙の社会全般に対する影響力の大きさは測り知れず、ひとたび特定の人物、団体に対し否定的な報道を行った場合には、報道の対象となった人物、団体の誹謗中傷に対し、決定的な打撃を与えてしまうこともしばしば存在する」として、被告のような報道機関は、「対象の人物、団体の社会的評価を低下させる恐れのある報道を行う場合は、その根拠が単なる風説、憶測の類であってはならず、対象者の誹謗中傷を損なうことのないように、入念な裏付け取材をなし、十分な資料を得てはじめて報道するべきである」とした。
しかしながら、「報道機関といえども、取材活動につき特別の調査権限が与えられているわけではなく、自己の意思で取材に応じない者から情報を入手する強制的な手段はないこと、民主主義社会において報道の自由は重要な価値を持つこと、報道機関には言論をもって社会の不正を告発し世論の批判にさらすという責務があること等に照らせば、個人の誹謗中傷侵害に対する責任を追求するに急なあまり、報道機関を萎縮させて報道の自由を損なうことのないよう配慮すべきであって、報道機関に対して、例えば検察官が被疑者を起訴する場合の如く合理的な疑いをいれる余地がないほどに高度に確実な質、量の証拠を収集する義務を負わせるのは酷に失する。
したがって、結局のところ、報道機関が取材に係る事実が真実であると信じるについての相当な理由があるというためには、報道機関にとって可能な限りの取材を行い、報道機関をして一応真実と思わせるだけの合理的資料又は根拠があることをもって足りる」と相当性判断の一般的基準を判示し、記者らの収集した資料又は根拠の情報源の信用性を検討している。
富士見産婦人科病院事件(東京地判平8年2月28日[満田忠彦コート]判時1583号84頁)は、下級審判決であるものの、新聞という媒体の特殊性を踏まえ、報道する側と報道される側の利益調整を図る具体的な基準を示している。
この事件は、朝日新聞朝刊社会面に、「健康なのに開腹手術」「無免許経営者が診断」「次々と子宮などを摘出さす」「でたらめ診療被害者数百人か」等の見出しのもとに、当時原告が院長を務めていた富士見産婦人科病院が病院ぐるみで、多数の健康な患者に対し、でたらめ診療の結果不要な開腹手術を行ったという旨の記事が掲載された。
本件により病院は閉鎖に追い込まれ、原告は失職、その後破産宣告を受け、医師会から除名処分を受けた。
そこで、原告が、朝日新聞社に対し、不法行為に基づく損害賠償請求(5、000万円)及び謝罪広告掲載の各請求をした事案である。
この判決は、相当性の判断について、「報道・表現の自由及び国民の知る権利と、取材を受ける側の誹謗中傷権との比較衡量において決定されるところ、被告のような全国紙の社会全般に対する影響力の大きさは測り知れず、ひとたび特定の人物、団体に対し否定的な報道を行った場合には、報道の対象となった人物、団体の誹謗中傷に対し、決定的な打撃を与えてしまうこともしばしば存在する」として、被告のような報道機関は、「対象の人物、団体の社会的評価を低下させる恐れのある報道を行う場合は、その根拠が単なる風説、憶測の類であってはならず、対象者の誹謗中傷を損なうことのないように、入念な裏付け取材をなし、十分な資料を得てはじめて報道するべきである」とした。
しかしながら、「報道機関といえども、取材活動につき特別の調査権限が与えられているわけではなく、自己の意思で取材に応じない者から情報を入手する強制的な手段はないこと、民主主義社会において報道の自由は重要な価値を持つこと、報道機関には言論をもって社会の不正を告発し世論の批判にさらすという責務があること等に照らせば、個人の誹謗中傷侵害に対する責任を追求するに急なあまり、報道機関を萎縮させて報道の自由を損なうことのないよう配慮すべきであって、報道機関に対して、例えば検察官が被疑者を起訴する場合の如く合理的な疑いをいれる余地がないほどに高度に確実な質、量の証拠を収集する義務を負わせるのは酷に失する。
したがって、結局のところ、報道機関が取材に係る事実が真実であると信じるについての相当な理由があるというためには、報道機関にとって可能な限りの取材を行い、報道機関をして一応真実と思わせるだけの合理的資料又は根拠があることをもって足りる」と相当性判断の一般的基準を判示し、記者らの収集した資料又は根拠の情報源の信用性を検討している。
東京地裁平成3年1月14日判決[稲葉威雄コート](判時1378号89頁)妻に対する殺人被告事件等(いわゆるロス疑惑事件)の刑事被告人の立場にあって無罪を主張している原告は、同事件等につき多数のネット誹謗中傷R損損害賠償請求事件を提起していたが、「夕刊フジ」(産業経済新聞社発行)は、「訴訟乱発18件目」という見出しで、提起訴訟のうちの一つについて記事を掲載した。
判決は、「本件タイトルにある『乱発』という言葉は、『多発』という言葉と異なり、『むやみに発すること』、『みだりに発すること』等の意味を有するものであり、その語義には当該行為を非難する要素が含まれる」とし、「訴訟の提起は市民としての当然の権利であって、根拠もなく相手方をもっぱら困惑させる意図で提訴する等の特段の事情がない限り、これを非難することはできない」とした上で、「本件タイトルは、本件記事の内容如何に関係なく、それ自体で、一般読者に対し原告が根拠が乏しく非難されるような訴訟提起を行っていることを印象づけるものであって、原告の社会的評価の低下をもたらすものであるというべきである」とした。
さらに、被告側の「見出しの表現が多少誇張されても巳むを得ない」との主張については、「本文記事と背理し、見出し自体虚偽で、それだけで特定人の誹謗中傷を殿損する場合は別論であって、……『乱発』という見出しを掲げることは、たとえ誇張が許される見出しといえども許されるものではない」と判示したが、損害賠償額は50万円にとどまった。
以上のとおり、新聞の場合には、見出しだけでネット誹謗中傷R損の成立を認めるのは例外的であり、誹謗中傷段損が成立する場合でも、その回復措置が訂正記事程度しか認められなかったり、慰謝料も低額にとどまる傾向がある。
判決は、「本件タイトルにある『乱発』という言葉は、『多発』という言葉と異なり、『むやみに発すること』、『みだりに発すること』等の意味を有するものであり、その語義には当該行為を非難する要素が含まれる」とし、「訴訟の提起は市民としての当然の権利であって、根拠もなく相手方をもっぱら困惑させる意図で提訴する等の特段の事情がない限り、これを非難することはできない」とした上で、「本件タイトルは、本件記事の内容如何に関係なく、それ自体で、一般読者に対し原告が根拠が乏しく非難されるような訴訟提起を行っていることを印象づけるものであって、原告の社会的評価の低下をもたらすものであるというべきである」とした。
さらに、被告側の「見出しの表現が多少誇張されても巳むを得ない」との主張については、「本文記事と背理し、見出し自体虚偽で、それだけで特定人の誹謗中傷を殿損する場合は別論であって、……『乱発』という見出しを掲げることは、たとえ誇張が許される見出しといえども許されるものではない」と判示したが、損害賠償額は50万円にとどまった。
以上のとおり、新聞の場合には、見出しだけでネット誹謗中傷R損の成立を認めるのは例外的であり、誹謗中傷段損が成立する場合でも、その回復措置が訂正記事程度しか認められなかったり、慰謝料も低額にとどまる傾向がある。
裁判所は、当事者の申し立てない事項について判決することができない(処分権主義、民事訴訟法二四六条)。
つまり、原告が、謝罪広告と損害賠償を求めた場合、裁判所は、合わせて認容するか、一方のみを認容するか裁判所の判断次第であるが、原告が、謝罪広告のみを求めた場合、裁判所は謝罪広告は認められないが、損害賠償請求は相当と判断しても、請求を棄却するほかない。
逆も、然りである。
では、謝罪広告文面や掲載媒体については、判決で変更できるか。
文面の表現を緩和したり、あるいは、謝罪広告を取消広告に改めることは、一部認容として可能である。
また、掲載媒体についても、請求のあったもののうちから一部のみを認容することも同様に可能である。
しかし、文章の表現を強化したり、取消広告を謝罪広告に改めること、さらに、請求のない媒体への変更は、処分権主義に違背するので許されない(東京地判昭和四三年=月二五日判時五三七号二八頁、判タニ三二号一九一頁参照)。
判決の執行方法謝罪広告の判決の執行方法は、原則として民事執行法第一七一条による代替執行である(最大判昭和三一年七月四日判時八〇号三頁、判タ六二号八三頁)。
しかし、被告掲載紙への掲載は、当然に上の方法を取ることはできない。
最高裁によれば、「債務者の意思のみに係る不代替作為として民訴七三四条に基き間接強制によるを相当とするものもある」と判示しているが、被告掲載紙への掲載の場合は、このような間接強制の方法(民事執行法第一七二条)によるべきものと思われる。
つまり、原告が、謝罪広告と損害賠償を求めた場合、裁判所は、合わせて認容するか、一方のみを認容するか裁判所の判断次第であるが、原告が、謝罪広告のみを求めた場合、裁判所は謝罪広告は認められないが、損害賠償請求は相当と判断しても、請求を棄却するほかない。
逆も、然りである。
では、謝罪広告文面や掲載媒体については、判決で変更できるか。
文面の表現を緩和したり、あるいは、謝罪広告を取消広告に改めることは、一部認容として可能である。
また、掲載媒体についても、請求のあったもののうちから一部のみを認容することも同様に可能である。
しかし、文章の表現を強化したり、取消広告を謝罪広告に改めること、さらに、請求のない媒体への変更は、処分権主義に違背するので許されない(東京地判昭和四三年=月二五日判時五三七号二八頁、判タニ三二号一九一頁参照)。
判決の執行方法謝罪広告の判決の執行方法は、原則として民事執行法第一七一条による代替執行である(最大判昭和三一年七月四日判時八〇号三頁、判タ六二号八三頁)。
しかし、被告掲載紙への掲載は、当然に上の方法を取ることはできない。
最高裁によれば、「債務者の意思のみに係る不代替作為として民訴七三四条に基き間接強制によるを相当とするものもある」と判示しているが、被告掲載紙への掲載の場合は、このような間接強制の方法(民事執行法第一七二条)によるべきものと思われる。
誹謗中傷状態が現に存すること名誉回復措置は、原状回復措置であるから、誹謗中傷の状態が継続していることが理論上求められる。
実際に、裁判時、厳密に言えば、事実審の口頭弁論終結時までに、被告の社会的名誉が殿損された状態の継続が必要なことは、多くの判例で言及されている。
例えば、訂正記事が発表されたり、被害者が潔白であった等の報道がなされるなど、加害者あるいは第三者の行為により、加害者の情報伝達が払拭されたといえる状態に達した場合は、もはや謝罪広告等の名誉回復措置をとることはできなくなってしまうのである。
さらに、時の経過により、一般人の記憶が薄れたことも情報伝達が払拭されたことの一因となりうるが、時間のーかかる旧来の民事裁判制度を前提とすれば、それだけで情報伝達の払拭と評価するのは公平の観点から問題があるように思われる。
加害者の自発的な取消謝罪記事掲載後に謝罪広告を命じた事例判決は、「本件誹謗中傷記事が表紙及び目次にも表示され、巻頭に写真付きで四頁にわたって極めて派手に掲載されているのに対し、取消謝罪文は表紙にも目次にも表示されず、巻末に近く約五分の二の紙面にひっそり掲載されているだけであり、さらに本件記事がその掲載当時(中略)大々的に広告されたのに対比し、本件記事の取消および謝罪文を載せたことを広く一般に知らせる方途が全く講ぜられていなかった」ことなどから、全国紙への謝罪広告掲載を認めた。
その他、誹謗中傷の違法性の程度判例によると、誹謗中傷の程度が深刻か軽微かという点も謝罪広告の可否の判断要素とするものが多い。
この点は、謝罪広告等の名誉回復措置と損害賠償請求の両請求権の関係について、両者を補完的に考えるのか、それとも、それぞれ別個独立の請求権と考えるのかの問題にも関連するが、実務的には、損害賠償のみ、あるいは、謝罪広告のみの請求も可能とされ、一部認容の場合でも、それぞれの請求の一部しか認められていないので、理屈だけを考えれば、原状回復の必要性があれば、誹謗中傷の程度と謝罪広告の可否は関係がないことになる。
しかし、例えば、慰謝料一〇万円の軽微な誹謗中傷まで謝罪広告を許容するとすれば、その掲載費用等から考えても不均衡を生ずるし、また、実際にそのような例では、原状回復の必要性も希薄であろう。
したがって、誹謗中傷行為の深刻性や悪質性、情報伝播力など誹謗中傷行為の違法性の程度も実際には要件として考えられているとみてよい。
謝罪広告は、原状回復の方法として行うものであるので、基本的には、誹謗中傷事実の情報伝播力と謝罪広告の情報伝播力は対等でなければならないことになる。
例えば、口頭による誹謗中傷の場合、その内容がいかに深刻なものであったとしても、全国紙による謝罪広告は認められないであろう。
判例の一般的傾向としても、名誉を侵害した媒体の大きさに対応した謝罪広告の掲載媒体を選択しているようであり、報道被害の場合は、当該媒体のみに謝罪広告を認めるものが多い。
掲載媒体以外のみに謝罪広告を命じた判決前掲(一六二頁)の東京高判昭和四四年一二月二五日は、原告が被告誌への謝罪広告を請求しなかったこともあるが、既に被告掲載紙に掲載された謝罪文が名誉回復として不十分だとして、全国紙一紙に謝罪広告掲載を認めた。
実際に、裁判時、厳密に言えば、事実審の口頭弁論終結時までに、被告の社会的名誉が殿損された状態の継続が必要なことは、多くの判例で言及されている。
例えば、訂正記事が発表されたり、被害者が潔白であった等の報道がなされるなど、加害者あるいは第三者の行為により、加害者の情報伝達が払拭されたといえる状態に達した場合は、もはや謝罪広告等の名誉回復措置をとることはできなくなってしまうのである。
さらに、時の経過により、一般人の記憶が薄れたことも情報伝達が払拭されたことの一因となりうるが、時間のーかかる旧来の民事裁判制度を前提とすれば、それだけで情報伝達の払拭と評価するのは公平の観点から問題があるように思われる。
加害者の自発的な取消謝罪記事掲載後に謝罪広告を命じた事例判決は、「本件誹謗中傷記事が表紙及び目次にも表示され、巻頭に写真付きで四頁にわたって極めて派手に掲載されているのに対し、取消謝罪文は表紙にも目次にも表示されず、巻末に近く約五分の二の紙面にひっそり掲載されているだけであり、さらに本件記事がその掲載当時(中略)大々的に広告されたのに対比し、本件記事の取消および謝罪文を載せたことを広く一般に知らせる方途が全く講ぜられていなかった」ことなどから、全国紙への謝罪広告掲載を認めた。
その他、誹謗中傷の違法性の程度判例によると、誹謗中傷の程度が深刻か軽微かという点も謝罪広告の可否の判断要素とするものが多い。
この点は、謝罪広告等の名誉回復措置と損害賠償請求の両請求権の関係について、両者を補完的に考えるのか、それとも、それぞれ別個独立の請求権と考えるのかの問題にも関連するが、実務的には、損害賠償のみ、あるいは、謝罪広告のみの請求も可能とされ、一部認容の場合でも、それぞれの請求の一部しか認められていないので、理屈だけを考えれば、原状回復の必要性があれば、誹謗中傷の程度と謝罪広告の可否は関係がないことになる。
しかし、例えば、慰謝料一〇万円の軽微な誹謗中傷まで謝罪広告を許容するとすれば、その掲載費用等から考えても不均衡を生ずるし、また、実際にそのような例では、原状回復の必要性も希薄であろう。
したがって、誹謗中傷行為の深刻性や悪質性、情報伝播力など誹謗中傷行為の違法性の程度も実際には要件として考えられているとみてよい。
謝罪広告は、原状回復の方法として行うものであるので、基本的には、誹謗中傷事実の情報伝播力と謝罪広告の情報伝播力は対等でなければならないことになる。
例えば、口頭による誹謗中傷の場合、その内容がいかに深刻なものであったとしても、全国紙による謝罪広告は認められないであろう。
判例の一般的傾向としても、名誉を侵害した媒体の大きさに対応した謝罪広告の掲載媒体を選択しているようであり、報道被害の場合は、当該媒体のみに謝罪広告を認めるものが多い。
掲載媒体以外のみに謝罪広告を命じた判決前掲(一六二頁)の東京高判昭和四四年一二月二五日は、原告が被告誌への謝罪広告を請求しなかったこともあるが、既に被告掲載紙に掲載された謝罪文が名誉回復として不十分だとして、全国紙一紙に謝罪広告掲載を認めた。
謝罪広告は、事実の真相を明らかにし、これに対し、陳謝の意思を表示する広告であり、誹謗中傷被害者の名誉回復措置(民法七二四条)として、もっとも一般的な方法である。
かつては、謝罪広告の合憲性が争われたが、最高裁判所は、合憲判断をしている。
既に述べたように、名謝罪広告の合憲性謝罪広告が、「意に反する苦役」(憲法第一八条)、「思想及び良心の自由」(同一九条)に反しないかどうかについては、既に最高裁判決(最判昭和三一年七月四日民集一〇巻七号七八五頁)によって実務的には合憲ということで解決しているが、謝罪広告の内容によっては、憲法違反もありうるとして一定の基準を提示している。
判決は、「時にはこれを強制することが債務者の人格を無視し著しくその名誉を殿損し意思決定の自由乃至良心の自由を不当に制限することにも」なることを認めたが、「単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するに止まる程度のもの」であれば、憲法に違反しないとした。
この判例の今日的意義は、謝罪広告の内容面における憲法的規制であると考えられ、右基準を超えるような請求については、違憲の疑いも生じることとなるので、陳謝の意の表現は過度な内容にならないよう注意すべきである。
いかなる要件が具備されれば、謝罪広告が認められるかについては、これを明言した判例はなく、理論面及び判例の分析によるほかない。
判例は、不法行為の一般原則である金銭賠償の原則の例外にあたることから、謝罪広告の認容については厳格である。
「名誉」の殿損であること既述(=七頁)のとおり、名誉回復措置を取りうるのは、名誉、すなわち、社会的な名誉の殿損の場合に限られ、名誉感情の殿損その他プライバシー侵害等の誹謗中傷の境界領域にある不法行為でも、名誉回復措置は取り得ないとするのが判例の趨勢であるが、肖像権について、一部積極判例がある。
プライバシー侵害と謝罪広告(「宴のあと」事件)モデル小説「宴のあと」において、私生活を覗き見するような描写をされたとして、謝罪広告と損害賠償を求めた事件で、裁判所は、「プライバシー権は私生活をみだりに公開されない権利」と定義付けた上で、謝罪広告の可否について、「私生活がみだりに公開された場合に、それが公開されなかった状態つまり原状に回復するのは不可能なことであり、名誉信用の低下を理由とするものではない以上、民法七二三条による謝罪広告等は請求し得ない」(東京地裁昭和三九年九月二八日判時三八五号一二頁、判タ一六五号一八四頁)と判示した。
肖像権侵害と謝罪広告消費者金融会社の社長が入院中に車椅子姿を無断で撮影して写真週刊誌に掲載したとして、肖像権侵害で損害賠償と謝罪広告を求めた事例で、裁判所は、「民法七二三条を類推適用して被告らに謝罪広告を命ずるのが、損害の現状回復の方法として、有効、適切、かつ、合理的であり、また公平の理念にも合致する」として、二〇〇万円の慰謝料と謝罪広告掲載を認めた(なお、誹謗中傷請求部分については棄却した。
かつては、謝罪広告の合憲性が争われたが、最高裁判所は、合憲判断をしている。
既に述べたように、名謝罪広告の合憲性謝罪広告が、「意に反する苦役」(憲法第一八条)、「思想及び良心の自由」(同一九条)に反しないかどうかについては、既に最高裁判決(最判昭和三一年七月四日民集一〇巻七号七八五頁)によって実務的には合憲ということで解決しているが、謝罪広告の内容によっては、憲法違反もありうるとして一定の基準を提示している。
判決は、「時にはこれを強制することが債務者の人格を無視し著しくその名誉を殿損し意思決定の自由乃至良心の自由を不当に制限することにも」なることを認めたが、「単に事態の真相を告白し陳謝の意を表明するに止まる程度のもの」であれば、憲法に違反しないとした。
この判例の今日的意義は、謝罪広告の内容面における憲法的規制であると考えられ、右基準を超えるような請求については、違憲の疑いも生じることとなるので、陳謝の意の表現は過度な内容にならないよう注意すべきである。
いかなる要件が具備されれば、謝罪広告が認められるかについては、これを明言した判例はなく、理論面及び判例の分析によるほかない。
判例は、不法行為の一般原則である金銭賠償の原則の例外にあたることから、謝罪広告の認容については厳格である。
「名誉」の殿損であること既述(=七頁)のとおり、名誉回復措置を取りうるのは、名誉、すなわち、社会的な名誉の殿損の場合に限られ、名誉感情の殿損その他プライバシー侵害等の誹謗中傷の境界領域にある不法行為でも、名誉回復措置は取り得ないとするのが判例の趨勢であるが、肖像権について、一部積極判例がある。
プライバシー侵害と謝罪広告(「宴のあと」事件)モデル小説「宴のあと」において、私生活を覗き見するような描写をされたとして、謝罪広告と損害賠償を求めた事件で、裁判所は、「プライバシー権は私生活をみだりに公開されない権利」と定義付けた上で、謝罪広告の可否について、「私生活がみだりに公開された場合に、それが公開されなかった状態つまり原状に回復するのは不可能なことであり、名誉信用の低下を理由とするものではない以上、民法七二三条による謝罪広告等は請求し得ない」(東京地裁昭和三九年九月二八日判時三八五号一二頁、判タ一六五号一八四頁)と判示した。
肖像権侵害と謝罪広告消費者金融会社の社長が入院中に車椅子姿を無断で撮影して写真週刊誌に掲載したとして、肖像権侵害で損害賠償と謝罪広告を求めた事例で、裁判所は、「民法七二三条を類推適用して被告らに謝罪広告を命ずるのが、損害の現状回復の方法として、有効、適切、かつ、合理的であり、また公平の理念にも合致する」として、二〇〇万円の慰謝料と謝罪広告掲載を認めた(なお、誹謗中傷請求部分については棄却した。
誹謗中傷事実が真実であれば、原告は、単に虚名が剥奪されたに過ぎず、社会的評価と真実の評価が同一になったということから、損害額は減少するが、逆に、事実が虚構であれば、真実の評価より社会的評価が低下したことになるから、損害額は上昇する。
真実性については、成立阻却事由としては被告が立証責任を負うが、損害の程度については、原告が立証責任を負うことになるので、原告側としても積極的に真実性の程度が低いことを立証していくべきである。
媒体の情報伝播力媒体の情報伝播力は重要な要素であり、情報受領者が多ければ多いほど、原告の社会的評価の低下の程度も大きくなり、損害額も上昇することになる。
新聞、週刊誌の場合は、前述のとおり、発行部数が、テレビの場合は視聴率がそれぞれ公開されているので、原告としては、それを明らかにすべきであり、発行部数の知れない媒体の場合は、尋問において必ず明らかにさせる必要がある。
また、例えば、回覧される書物のように、実際には情報の受け手が発行部数より多い場合は、その点の立証も行うべきである。
さらに、表現方法も情報伝播力に関わってくる。
例えば、雑誌の見出しが表紙に掲載されていたとか、記事の大きさ、場所など記事が目立つ程度なども、実際に媒体に触れた者が、当該誹謗中傷事実を知りうる事情として情報伝播力の大きさを知る手がかりになる。
また、当該媒体にアクセスする情報の受け手が、誹謗中傷事実に関心が高いかどうかも重要である。
通常、情報の送り手は、受け手の関心の高い事実を表現することが多いが、原告としては、情報の受け手の性格を知ることも肝要である。
被告の情報の信頼性情報の信頼度が高ければ高いほど、情報の受け手は、誹謗中傷事実こそが真実であると考えるし、情報の伝播力も大きくなるので、原告の社会的評価は低下することになって慰謝料額は増大する。
例えば、大新聞による報道の場合、読者は、一般に記事が真実であると考えることが多いであろう。
この点は、被告としても、自身の媒体の信頼性が低いとは主張しにくいであろうから、原告としては、信頼性が高いことをどんどん主張していくべきである。
誹謗中傷行為の目的誹謗中傷行為の目的が、公益目的がなく、単なる私的好奇心等に止まるときは、行為の違法性が高くなり、損害額が増大する。
すでに指摘したように、公益目的に欠けるのではないかと思える報道が多い現状で、仮に公益目的が認定されたとしても、原告側で、それが希薄であることを主張していくべきである。
被告の過失の重大さ誹謗中傷行為において、被告の過失が重大な場合は、前同様に違法性が高くなり、損害額が増大する。
特に、真実性や相当性が争われた場合、取材方法や取材源等の報道根拠がある程度明らかになるので、本来、そのような表現を行うのであれば、このような調査が必要であるのにそれを怠ったというように具体的に過失の重大さを指摘していくことが必要である。
事後的な名誉回復措置の有無事後的な名誉回復措置が取られた場合、後述のとおり謝罪広告の請求自体が困難になるように、低下した社会的評価が回復し、損害が治癒されることになるので、請求額は減少する。
但し、訴えの提起の記者会見等はありうるが、現実には、何らかの名誉回復措置が取られていることはまれであり、大半は、原告としては、被告が誹謗中傷の成立を否認し、今日まで謝罪すら行っていないことなどの事情を逆に主張できるであろう。
真実性については、成立阻却事由としては被告が立証責任を負うが、損害の程度については、原告が立証責任を負うことになるので、原告側としても積極的に真実性の程度が低いことを立証していくべきである。
媒体の情報伝播力媒体の情報伝播力は重要な要素であり、情報受領者が多ければ多いほど、原告の社会的評価の低下の程度も大きくなり、損害額も上昇することになる。
新聞、週刊誌の場合は、前述のとおり、発行部数が、テレビの場合は視聴率がそれぞれ公開されているので、原告としては、それを明らかにすべきであり、発行部数の知れない媒体の場合は、尋問において必ず明らかにさせる必要がある。
また、例えば、回覧される書物のように、実際には情報の受け手が発行部数より多い場合は、その点の立証も行うべきである。
さらに、表現方法も情報伝播力に関わってくる。
例えば、雑誌の見出しが表紙に掲載されていたとか、記事の大きさ、場所など記事が目立つ程度なども、実際に媒体に触れた者が、当該誹謗中傷事実を知りうる事情として情報伝播力の大きさを知る手がかりになる。
また、当該媒体にアクセスする情報の受け手が、誹謗中傷事実に関心が高いかどうかも重要である。
通常、情報の送り手は、受け手の関心の高い事実を表現することが多いが、原告としては、情報の受け手の性格を知ることも肝要である。
被告の情報の信頼性情報の信頼度が高ければ高いほど、情報の受け手は、誹謗中傷事実こそが真実であると考えるし、情報の伝播力も大きくなるので、原告の社会的評価は低下することになって慰謝料額は増大する。
例えば、大新聞による報道の場合、読者は、一般に記事が真実であると考えることが多いであろう。
この点は、被告としても、自身の媒体の信頼性が低いとは主張しにくいであろうから、原告としては、信頼性が高いことをどんどん主張していくべきである。
誹謗中傷行為の目的誹謗中傷行為の目的が、公益目的がなく、単なる私的好奇心等に止まるときは、行為の違法性が高くなり、損害額が増大する。
すでに指摘したように、公益目的に欠けるのではないかと思える報道が多い現状で、仮に公益目的が認定されたとしても、原告側で、それが希薄であることを主張していくべきである。
被告の過失の重大さ誹謗中傷行為において、被告の過失が重大な場合は、前同様に違法性が高くなり、損害額が増大する。
特に、真実性や相当性が争われた場合、取材方法や取材源等の報道根拠がある程度明らかになるので、本来、そのような表現を行うのであれば、このような調査が必要であるのにそれを怠ったというように具体的に過失の重大さを指摘していくことが必要である。
事後的な名誉回復措置の有無事後的な名誉回復措置が取られた場合、後述のとおり謝罪広告の請求自体が困難になるように、低下した社会的評価が回復し、損害が治癒されることになるので、請求額は減少する。
但し、訴えの提起の記者会見等はありうるが、現実には、何らかの名誉回復措置が取られていることはまれであり、大半は、原告としては、被告が誹謗中傷の成立を否認し、今日まで謝罪すら行っていないことなどの事情を逆に主張できるであろう。
ドイツでは、法人に対する誹謗中傷の損害賠償は認められていない。
自然人が誹謗中傷を受けた場合のみしか事例がなく、しかも、プライバシー侵害の一分野として認められるもので、せいぜい日本円で一〇〇万円程度であって先進国で唯一わが国より相場が低い(もっとも、わが国でもプライバシー侵害とされる場合はその程度であるが…)。
ちなみに交通事故の後遺傷害の慰謝料も低額でその程度しか認められない。
損害額の認定に関しては、どの分野のプライバシーか(公開されている事実か、私的範囲か、内面の問題か)、加害者の故意や違法目的の有無、加害者の経済力が主として考慮されているようである。
イギリスは、アメリカと同じ陪審制で陪審員が損害額を決定している。
損害額の認定に関しては、被害者の評判、加害者の態度、加害者の悪意、謝罪の有無など比較的情緒的な要素が重要視されているようであり、損害賠償額も一般に高額である。
高額認容例は、一五〇万ポンド(約一億八〇〇万円)というものがある。
損害額増減に関して考慮される要素は何か前述のとおり、誹謗中傷の慰謝料の増減要素については、交通事故の後遺傷害のように明確な基準はなく、判例においても、「本件に現れた一切の事情を総合的に考慮すれば」というような抽象的な言い回しが多く、必ずしも明確に増減要素が判断できない。
その中でも、判例分析によって、慰謝料算定に考慮された事情は、概ね次のとおりに分類できるものと思われ、原告としては、次のような事情を積極的に主張していくべきである。
原告の被った精神的損害ないし無形的損害そのもの誹謗中傷によって被った精神的損害ないし無形的損害そのものの立証は、当然、非常に重要な要素であるはずだが、形の見えないものだけに意外に立証が難しい。
通常、この立証は、基本的には本人の陳述しか証拠方法がなく、一般に裁判所からは重要視されていない印象もある。
但し、要素的に重大である以上、例えば、誹謗中傷事実に触れてどのように感じたか、具体的に摘示事実を知った人からどのようなことを言われ、どのように感じたか、どのように精神的に疲弊したかなどできるだけ具体的に立証すべきである。
原告の社会的評価の高さ誹謗中傷は、社会的評価を低下させることであるから、原告の従来の社会的評価は高ければ高いほど損害額は上昇する。
原告の職業などの社会的な地位の立証のほか、例えば、破廉恥な行為と表現され、潔白という社会的評価を低下させられた原告については、それまで原告がいかに潔白であったと評価されていたかを裏付ける事実を主張立証していくことになる。
誹謗中傷事実の深刻さ同様に、社会的評価を低下させた程度が大きければ大きいほど損害額は上昇する。
犯罪報道のように、それ自体、一般に極めて深刻な報道であれば、深刻な誹謗中傷といいうる。
犯罪ではなくとも、原告が特にその種誹謗中傷に中傷されやすい場合も多く、このような原告の被害が特に深刻であるということを個別具体的に立証することも重要である。
前掲(一五一頁)東京地判平成七年三月一四日が五〇〇万円という高額の慰謝料を認めたのは、この要素が重視されたものと思われる。
自然人が誹謗中傷を受けた場合のみしか事例がなく、しかも、プライバシー侵害の一分野として認められるもので、せいぜい日本円で一〇〇万円程度であって先進国で唯一わが国より相場が低い(もっとも、わが国でもプライバシー侵害とされる場合はその程度であるが…)。
ちなみに交通事故の後遺傷害の慰謝料も低額でその程度しか認められない。
損害額の認定に関しては、どの分野のプライバシーか(公開されている事実か、私的範囲か、内面の問題か)、加害者の故意や違法目的の有無、加害者の経済力が主として考慮されているようである。
イギリスは、アメリカと同じ陪審制で陪審員が損害額を決定している。
損害額の認定に関しては、被害者の評判、加害者の態度、加害者の悪意、謝罪の有無など比較的情緒的な要素が重要視されているようであり、損害賠償額も一般に高額である。
高額認容例は、一五〇万ポンド(約一億八〇〇万円)というものがある。
損害額増減に関して考慮される要素は何か前述のとおり、誹謗中傷の慰謝料の増減要素については、交通事故の後遺傷害のように明確な基準はなく、判例においても、「本件に現れた一切の事情を総合的に考慮すれば」というような抽象的な言い回しが多く、必ずしも明確に増減要素が判断できない。
その中でも、判例分析によって、慰謝料算定に考慮された事情は、概ね次のとおりに分類できるものと思われ、原告としては、次のような事情を積極的に主張していくべきである。
原告の被った精神的損害ないし無形的損害そのもの誹謗中傷によって被った精神的損害ないし無形的損害そのものの立証は、当然、非常に重要な要素であるはずだが、形の見えないものだけに意外に立証が難しい。
通常、この立証は、基本的には本人の陳述しか証拠方法がなく、一般に裁判所からは重要視されていない印象もある。
但し、要素的に重大である以上、例えば、誹謗中傷事実に触れてどのように感じたか、具体的に摘示事実を知った人からどのようなことを言われ、どのように感じたか、どのように精神的に疲弊したかなどできるだけ具体的に立証すべきである。
原告の社会的評価の高さ誹謗中傷は、社会的評価を低下させることであるから、原告の従来の社会的評価は高ければ高いほど損害額は上昇する。
原告の職業などの社会的な地位の立証のほか、例えば、破廉恥な行為と表現され、潔白という社会的評価を低下させられた原告については、それまで原告がいかに潔白であったと評価されていたかを裏付ける事実を主張立証していくことになる。
誹謗中傷事実の深刻さ同様に、社会的評価を低下させた程度が大きければ大きいほど損害額は上昇する。
犯罪報道のように、それ自体、一般に極めて深刻な報道であれば、深刻な誹謗中傷といいうる。
犯罪ではなくとも、原告が特にその種誹謗中傷に中傷されやすい場合も多く、このような原告の被害が特に深刻であるということを個別具体的に立証することも重要である。
前掲(一五一頁)東京地判平成七年三月一四日が五〇〇万円という高額の慰謝料を認めたのは、この要素が重視されたものと思われる。
