とある人の話から
先日29才になりました。
いつもお世話になっている方から聞いた話。
人生が飛躍する転機が29才と34才の時だったそうだ。
29才でビジネスの種のような出来事が起こって
34才で独立起業した、という話。
その34才の時に、当時22歳の僕と会って
次の年に僕も独立起業した。
転機ってのはいろんな形があると思う。
よくなることもあるし、時として
わるくなることもある。
その波乱万丈をひとことでいうと
“人生”となるんだろうなと思う。
今年は飛躍する一年になりますよ。
そう言って頂けたのは嬉しかった。
自分にとってスイッチが入った瞬間は
前回の記事よろしく2010年の11月。
27歳と7ヶ月の時だった。
それから本気を出して毎日を生きてる。
本気を出して毎日を生きるってのは実に楽しい。
だらだらやってた仕事を整理して仕組み化した。
効率化して時間を増やしてどんどん仕事を増やした。
ずっと種撒きをしてきたんだ。
今日、昼に飯を食いに吉祥寺へ。
途中、満開の桜がいくつかあった。
一年前を振り返る。
あの頃は桜よりもカエルとかザリガニとか
菜の花に関心を持っていて、仕事終わらせたら
すぐに池に行って子供みたいに無邪気に遊んだ。
当時考えていたもの
当時練っていた戦略
当時見えなかった景色
まったく想像もつかなかったものが
たった一年でみえたりして
充実していたし、
成長してたんだなと振り返る。
桜がさ。昨年とはまるで見え方が違うんだ。
見える景色が変わると、
見えるものも違って見えるんだなぁって。
波長が、なんか合ってるというか
だから響いてくるというか
毎年見てる桜なのにいつもとなんか違う。
撒いてきた種が忘れた頃にぽこぽこ
芽を出しはじめたのはいつだったか。
目の前のことを本気でやってると
気づかないうちに種だったものが芽となり
苗となり、木となり、そしてつぼみが膨らんで。
自分は何も変わっていない気がする。
けれど知らないうちに大きくなったそれらが
自分自身に芯みたいなものをどしっと
持たせてくれている。
商品なんかは売った瞬間から自分のものでなくなる。
自分から離れて、そこで大きく育っていく。
あるものは若い芽のまま、料理されることもある。
あるものは木材として使われるかも知れないし
あるものは小さな公園に植えられるかも知れない。
それで、ふと彼らのことを忘れた頃に
見上げた大木が満開の桜の木だった。
あれ、こんなところに桜なんか植えたっけ。
という、文字に起こしづらい感覚。
なんていったらいいんだろうなぁ。
今年、飛躍的な転機を体験する
確信的な感覚がするんだ最近。
28才最後の日。
蝋燭の灯りを見つめて一年を振り返った。
本気出してたなぁとか。
あれやったなぁとか、あれ食ったなぁとか。
あんな失敗をしたなぁとか
あんなバカなことやったなぁとか
これまでの人生で一番“失敗”が多い一年だったと思う。
そしてその分、収穫が大きい一年でもあった。
あらゆるものごとの価値観も変わった。
若く夢を持ち始めた頃に思い描いてた
高級車買って豪邸建てて住むとか
典型的なお金持ちになりたかったのが
どうでもよくなった。
多分、生涯、借家でいい。
そして質素に暮らしていたい。
モノを持ってしまうと重たくなってしまうからね。
贅沢になると、本来のモノの値打ちが見えなくなる。
子供がおもちゃ買うように
家とか車を買えるようになったら
おもちゃ気分で買うのはいいかもね。
それくらいどうでもよくなっちゃった。
なんか自分の体すら借り物なんじゃないかと
思ってしまうくらいに価値観が変わってしまった。
もっと豊かな体験をいっぱいしたいと思う。
本気で遊んで、本気でやりたいことに打ち込んで
そうやって自分自身を高めていきたい。
より成長したいし、突き抜ける存在になりたい。
小さい頃、星が大好きでよく真冬の空をみてた。
星に憧れていたのかも知れない。
濁りのない澄んだ冷たい光を思い出すと
幼少時の点と点だった嗜好や趣味が
線になってつながっていく感じで
今、その点と点をつなぐ作業をやってるんだろうな、
と、ふと思ったよ。
この一年間は一生に一度しかこない29才なので
人生で一番肉を食う、そんな一年にしたいと思います。
いつもお世話になっている方から聞いた話。
人生が飛躍する転機が29才と34才の時だったそうだ。
29才でビジネスの種のような出来事が起こって
34才で独立起業した、という話。
その34才の時に、当時22歳の僕と会って
次の年に僕も独立起業した。
転機ってのはいろんな形があると思う。
よくなることもあるし、時として
わるくなることもある。
その波乱万丈をひとことでいうと
“人生”となるんだろうなと思う。
今年は飛躍する一年になりますよ。
そう言って頂けたのは嬉しかった。
自分にとってスイッチが入った瞬間は
前回の記事よろしく2010年の11月。
27歳と7ヶ月の時だった。
それから本気を出して毎日を生きてる。
本気を出して毎日を生きるってのは実に楽しい。
だらだらやってた仕事を整理して仕組み化した。
効率化して時間を増やしてどんどん仕事を増やした。
ずっと種撒きをしてきたんだ。
今日、昼に飯を食いに吉祥寺へ。
途中、満開の桜がいくつかあった。
一年前を振り返る。
あの頃は桜よりもカエルとかザリガニとか
菜の花に関心を持っていて、仕事終わらせたら
すぐに池に行って子供みたいに無邪気に遊んだ。
当時考えていたもの
当時練っていた戦略
当時見えなかった景色
まったく想像もつかなかったものが
たった一年でみえたりして
充実していたし、
成長してたんだなと振り返る。
桜がさ。昨年とはまるで見え方が違うんだ。
見える景色が変わると、
見えるものも違って見えるんだなぁって。
波長が、なんか合ってるというか
だから響いてくるというか
毎年見てる桜なのにいつもとなんか違う。
撒いてきた種が忘れた頃にぽこぽこ
芽を出しはじめたのはいつだったか。
目の前のことを本気でやってると
気づかないうちに種だったものが芽となり
苗となり、木となり、そしてつぼみが膨らんで。
自分は何も変わっていない気がする。
けれど知らないうちに大きくなったそれらが
自分自身に芯みたいなものをどしっと
持たせてくれている。
商品なんかは売った瞬間から自分のものでなくなる。
自分から離れて、そこで大きく育っていく。
あるものは若い芽のまま、料理されることもある。
あるものは木材として使われるかも知れないし
あるものは小さな公園に植えられるかも知れない。
それで、ふと彼らのことを忘れた頃に
見上げた大木が満開の桜の木だった。
あれ、こんなところに桜なんか植えたっけ。
という、文字に起こしづらい感覚。
なんていったらいいんだろうなぁ。
今年、飛躍的な転機を体験する
確信的な感覚がするんだ最近。
28才最後の日。
蝋燭の灯りを見つめて一年を振り返った。
本気出してたなぁとか。
あれやったなぁとか、あれ食ったなぁとか。
あんな失敗をしたなぁとか
あんなバカなことやったなぁとか
これまでの人生で一番“失敗”が多い一年だったと思う。
そしてその分、収穫が大きい一年でもあった。
あらゆるものごとの価値観も変わった。
若く夢を持ち始めた頃に思い描いてた
高級車買って豪邸建てて住むとか
典型的なお金持ちになりたかったのが
どうでもよくなった。
多分、生涯、借家でいい。
そして質素に暮らしていたい。
モノを持ってしまうと重たくなってしまうからね。
贅沢になると、本来のモノの値打ちが見えなくなる。
子供がおもちゃ買うように
家とか車を買えるようになったら
おもちゃ気分で買うのはいいかもね。
それくらいどうでもよくなっちゃった。
なんか自分の体すら借り物なんじゃないかと
思ってしまうくらいに価値観が変わってしまった。
もっと豊かな体験をいっぱいしたいと思う。
本気で遊んで、本気でやりたいことに打ち込んで
そうやって自分自身を高めていきたい。
より成長したいし、突き抜ける存在になりたい。
小さい頃、星が大好きでよく真冬の空をみてた。
星に憧れていたのかも知れない。
濁りのない澄んだ冷たい光を思い出すと
幼少時の点と点だった嗜好や趣味が
線になってつながっていく感じで
今、その点と点をつなぐ作業をやってるんだろうな、
と、ふと思ったよ。
この一年間は一生に一度しかこない29才なので
人生で一番肉を食う、そんな一年にしたいと思います。
本気を出せって
自分以外の人間に言われると、腹立つけれど、
自分に対して“本気を出せ”って言葉がさ、
心の奥というか、どこかそんな場所から湧き上がった時、
それはすごい強烈な行動する動機になるんだよね。
俺昨年の11月に、この言葉が胸にいつも響いて、
それが耳を離れなくて、そこからは頑張ってる。
けれど、これは人に言われたものではない。
元々俺は人に言われても、やらないタイプだったので
新鮮だったというか、当時27歳と7ヶ月生きてきて
一度も本気を出したことなかったから、
だから、本気出さずにもし死んだら、どうなるだろうって、
もしかしたら、一生公開するんじゃないか、なんて思ってね。
今年は毎日、四六時中、本気出してる。
でもやっぱり、自分の内面から湧き出てきた言葉だから、
自分の中でとても純粋に響くもんなんだと思う。
本気を出せ!
いつも思うんだ。
来年の今日はどうなってるのかなぁって。
多分、とんでもないことになってると思う。
だから、楽しみ。忙しいけれど、
充実しているし、ようやく頑張れるなって。
自分に対して“本気を出せ”って言葉がさ、
心の奥というか、どこかそんな場所から湧き上がった時、
それはすごい強烈な行動する動機になるんだよね。
俺昨年の11月に、この言葉が胸にいつも響いて、
それが耳を離れなくて、そこからは頑張ってる。
けれど、これは人に言われたものではない。
元々俺は人に言われても、やらないタイプだったので
新鮮だったというか、当時27歳と7ヶ月生きてきて
一度も本気を出したことなかったから、
だから、本気出さずにもし死んだら、どうなるだろうって、
もしかしたら、一生公開するんじゃないか、なんて思ってね。
今年は毎日、四六時中、本気出してる。
でもやっぱり、自分の内面から湧き出てきた言葉だから、
自分の中でとても純粋に響くもんなんだと思う。
本気を出せ!
いつも思うんだ。
来年の今日はどうなってるのかなぁって。
多分、とんでもないことになってると思う。
だから、楽しみ。忙しいけれど、
充実しているし、ようやく頑張れるなって。
唐揚げが美味しいみたい

アメリカザリガニを餌にした釣りが結構楽しくって、結局その後、さらに3匹持ち帰り。
せっかくだからと、いろいろ料理してみたが、一番美味しいのは唐揚げだね。
唐揚げといっても、味をしっかりつけた北海道のザンギみたいなのが◎。
3匹いっきに調理したら、一人じゃ食べきれないたくさんの唐揚げが。
スーパーで鶏手羽元のジャンボパックを買って、全部揚げて一人で食べるみたいな。
結構な量になりますね。
鶏よりも臭みがなくって、味付けのまま素直に風味が出るけれど、
裏を返せば、元の風味やクセがなさすぎるので、和風で凝った料理やっても、
良さが出ないんだよなぁ。
骨から身が外れやすくって、ほろっと取れるのも良い。
鶏の手羽だと歯で挟んで毟んなきゃいけないじゃない。
適当なところのブロイラーなんか、けもの臭い感じがするし、
あんなのより自分で釣ったウシガエルの方がうまい気がする。
どちらかというと、地鶏に近いんじゃないか。
ただ、我がない素直すぎる鶏肉みたいな感じだけど。
何にせよ、カエルの生息環境を確かめて、寄生虫の心配もあるので生は控え、
調理は充分過熱して食べて下さいね。
今取りに行っているところは、蝦も住んでる池なので、一応農薬などが
流入していないことを確認していますが、そういうとこは自己責任で。
って誰も試さないかw
食用カエルとして入ってきたのに、ゲテモノ扱いしかされない食材なので、
インターネットで調べても誰も普通の料理として書いてないもんね。
それに、カエルはかなり移動できるだろうし、生息環境は全然参考にならないな。
それも含めて、自分も自己責任で食べてます。
アメリカザリガニもあの後、さらにたくさん捕まえて(1日33匹とか記録作った)
調理してみたけれど、アメリカザリガニはカニ味噌部分をソースにしたりとか、
フレンチ的な使い方が似合う。
(こっちのほうが安全だね)
というわけで、もうすぐ(っていうかすでに)蚊が出てくるシーズンなので、
今年の前半のネタ(ウシガエルを筆頭とする川遊び&調理、試食)は終わり。
今日は思ったことをアウトプットな本来の目的的な記事になった気がする。
日々の更新にはなってないけれど、ぼちぼち続けていきますよ。
