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※この文章は5/12に書いたものです。
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今日は母の日。
母の日にちゃんとお礼を伝えられる人は素敵だなと思う。
(それぞれの家庭の事情もあるので言う必要がないと思ったら言わなくていい、ってことは言っておきたい。)
私はというと、ついさっきまですっかり忘れていた。
毎年、日付をまたぐ頃になって「来年こそは昔よく通った花屋で手向けのカーネーションを買おう」などと意気込むのだが、いまだに実現したことがない。
送るはずの相手がもうこの世にいないのだから忘れるのも仕方がないよね、と少し自分を正当化してしまう。
「母の日」というイベントはもうずっと他人事だ。
でも、まあ、色々考えはする。
思いは巡らす。
「今も生きていてくれたらな」とかね、そういうことばかりを思ってしまうのよね。
生きている時は躾が厳しすぎてヒステリックで父と喧嘩ばかりでうつ病だった母を慕う気持ちと憎む気持ちが半々だったものだけど。
母が亡くなった時、心のどこかでホッとしてしまったものだけど。
そう。
これでもう怒られないで済むんだな、
解放されたんだ、って。
あの時の私は確かにそう思っていて、そして、このことは誰にも言っちゃいけないと思った。
今はあの私を叱りつける金切り声さえも懐かしい。
なんて勝手なんだろうね。
ああ、でも、ごめんなさい。
私はもうお母さんの声を自力では思い出せない。
美化されて歪曲された残像にただ縋っているだけ。
あなたが自ら命をたった日から、
いや、本当はそのずっと前から、
あなたに怒られるたびに私は生きることが辛かった。
幼い頃からずっと消えてしまいたいと願っていた。
でもね、今ようやく人生が楽しいと思える。
だから、今ならあなたに言える。
産んでくれてありがとう。
今日は母の日だ。
ありがとう。