日々是学ぶ! -11ページ目

日々是学ぶ!

歴史は糸玉のようなもの、とわたくしめは思っております。
歴史はありとあらゆる出来事が絡まって出来上がる物でどの糸を辿るかで糸玉の色は様々に変化致します。
わたくし大宅世学、未だ未熟者ながら皆様と歴史を観測し語り合いたく存じます。

「刀は武士の魂」というのはよく聞く言葉で御座います。
しかし、実はこの言葉、実際に書物に記されているものではないそうです。

それを以って「刀が武士の魂なんて、嘘」と言うお方もおるそうな。

ですが実際侍達は刀を持ち続けました。

戦争が無くなり、太平の世になってなお、侍は刀を持ち続けたので御座います。

それは何故なのでしょうか?

この謎を解くカギを持つのが、日本史史上初めて剣の腕前によって大名にまで登りつめた男

柳生但馬守宗矩なので御座います。

【柳生宗矩の一生】

柳生宗矩新陰流の名手・柳生石舟斎の五男坊で御座います。

父親の元で修行し、その腕を磨いたのでありますな。

そんな彼の転機となったのが、

徳川家康から石舟斎への「その技を見せてほしい」という誘いだったので御座います。

石舟斎宗矩を伴って京都まで行くと、

家康の御前にて秘技・無刀取りを披露し称賛を得たそうで御座います。

是非我が剣の師に・・・という家康に対し石舟斎は高齢を理由に辞すると、

宗矩を推挙したので御座います。

こうしてみると石舟斎の狙いは自らの腕前を見せる事では無く、

息子を就職させたい!

という親心だったのかもしれません。

また宗矩も狭い田舎で修行するのではなく、

「俺の腕を天下で思いっきりふるってみたい!」

と思っていたでしょう。

時は1594年。宗矩は23歳であります。

そういう大志を抱く年頃で御座いましょう。

こうして彼は徳川家に仕官する事となったので御座います。