「刀は武士の魂」というのはよく聞く言葉で御座います。
しかし、実はこの言葉、実際に書物に記されているものではないそうです。
それを以って「刀が武士の魂なんて、嘘」と言うお方もおるそうな。
ですが実際侍達は刀を持ち続けました。
戦争が無くなり、太平の世になってなお、侍は刀を持ち続けたので御座います。
それは何故なのでしょうか?
この謎を解くカギを持つのが、日本史史上初めて剣の腕前によって大名にまで登りつめた男
柳生但馬守宗矩なので御座います。
【柳生宗矩の一生】
柳生宗矩は新陰流の名手・柳生石舟斎の五男坊で御座います。
父親の元で修行し、その腕を磨いたのでありますな。
そんな彼の転機となったのが、
徳川家康から石舟斎への「その技を見せてほしい」という誘いだったので御座います。
石舟斎は宗矩を伴って京都まで行くと、
家康の御前にて秘技・無刀取りを披露し称賛を得たそうで御座います。
是非我が剣の師に・・・という家康に対し石舟斎は高齢を理由に辞すると、
宗矩を推挙したので御座います。
こうしてみると石舟斎の狙いは自らの腕前を見せる事では無く、
息子を就職させたい!
という親心だったのかもしれません。
また宗矩も狭い田舎で修行するのではなく、
「俺の腕を天下で思いっきりふるってみたい!」
と思っていたでしょう。
時は1594年。宗矩は23歳であります。
そういう大志を抱く年頃で御座いましょう。
こうして彼は徳川家に仕官する事となったので御座います。