火縄銃の威力 その運用について | 日々是学ぶ!

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歴史は糸玉のようなもの、とわたくしめは思っております。
歴史はありとあらゆる出来事が絡まって出来上がる物でどの糸を辿るかで糸玉の色は様々に変化致します。
わたくし大宅世学、未だ未熟者ながら皆様と歴史を観測し語り合いたく存じます。

このタイトルを見るとまさに学術論文でも載せるのかと思う方もおられるかもしれない。

しかし安心(?)していただきたい。そんな大業なものではなくつらつらと聞いた話をお話するだけで御座います。

かつてあるが言っていた。朝鮮出兵の時に日本軍は火縄銃を持っていたから朝鮮軍に勝てたんだと。私がこういう時のある人物とはハッシー君のことである。(またこいつか、なんて思わないで欲しいです)

そして彼はそこから如何にして朝鮮軍が勝利するかを語るのだがその内容は支離滅裂で論理性が破綻しているので割愛いたしましょう。

さて、この火縄銃。どんなものだったか。

火縄銃とは別名種子島。日本の戦争を塗り替えた歴史的な兵器であります。

しかしその反面、威力が非常に低かった事でも知られています。

その真実の姿とは・・・。

[火縄銃の威力]

銃器、というより遠距離武器を語る上で皆が気にしたであろう事は①射程②威力③精度でありましょう。

まず①射程はどうだったのか。

しかし私は火縄銃を持っていないし、銃器のプロでもない。

火縄銃を見てみると美しいフォルムをしている。

確か銃身が長いほど射程は長かったような気がする。

かのゴルゴ13が使っている銃だって600m先の人間に当たるのだし、火縄銃の射程だって1000mあってもバチは当たらないのでは・・・?

と、思って調べてみたところ・・・えっ!?100mも飛ばない!?(正確には当たらない)

これはなぜか?何故なら火縄銃はライフリングがなされてないからだそうな。なんぞそれ?

ライフリングとは銃身の中を螺旋状に刻みを入れることでこれにより弾丸は回転しながら飛び出す事になりそれは威力と射程、精度を上げる効果があるという。

そこで思い出されるのが杉谷善住坊の話。

彼は火縄銃のプロであった。

そして彼は火縄銃で人を暗殺しようと決意したのである。

その相手とは織田信長!相手にとって不足はなかろう。

当時織田信長は浅井長政に挟撃され逃亡していた。

そこで彼は逃避行の最中の信長を狙撃しようとしたので御座います。

そして失敗した。

失敗したのだがこの時の彼と信長の距離は12間だとされる。20mちょっとくらいであろうか。

しかも二発発砲してしくじった!えーっ!?

20m先の標的に二発発射して当たらないってどうなのよ!?

確かめてみたところ今自衛隊で使われている9ミリ拳銃の有効射程は30mから50m。ぐっ・・・現代の拳銃にすら敗北するのか・・・。

②威力

だが威力、乃ち破壊力といった面ではどうだろう。世の中には散弾銃という銃もある。あれは狙撃には向かないが近接面では熊だって倒す兵器だったはずだ。

そこで調べてみたところ・・・。げっ。火縄銃の弾丸は鎧を破壊して背中まで貫通する・・・?凄い破壊力ではないか!

これは火縄銃に使われている弾丸が一般的な(?)弾丸に比べて重い事に理由があるそうな。

つまり重い弾丸を射出する故、有効射程は更に短くなり、精度も下がるが当たった時の破壊力は凄まじい。

当時の海外の銃と比べてもその破壊力は別格であったという。

じゃあなんで雑魚なイメージがあるかというと、幕末に海外の新式銃を装備した新政府軍に幕府軍が負けた事に由来するそうな。

[歴史を変えた火縄銃]

火縄銃が何故歴史を変えたのか?

それは火縄銃が当時世界最強だと思われていた戦法に対して優れていたからで御座います。

それは騎馬突撃。動物に乗って攻撃するというのは世界共通の最強攻撃であった。例えばタイでは象に乗るそうな。

当然日本でも騎馬突撃は最も強い攻撃であっただろう。

馬に乗って疾走する騎馬隊相手に歩兵が勝つのはとてつもなく難しかった。

しかし火縄銃がそれを変えた。

火縄銃は射程は短く弾もバラける当たれば大打撃を与える兵器であります。

これは騎馬突撃に対して強い!

まず騎馬突撃は敵陣に向かって走って行く必要がある。待っていても攻撃出来ない。

つまり騎馬隊は銃口に向かって走って行く事になる。

そして騎兵と言うのは的がデカイ。将を射るならばなんとやら、馬に当たっても騎兵には致命傷である。しかもその威力は折り紙つきで一撃で馬は死亡する。

そして騎馬突撃の弱点として一旦崩れると如何ともしがたいというのがある。

前列の馬が崩れればたちどころに後ろの騎兵にも影響してしまう。

こうして考えると火縄銃の特性がもう一つ見えてくる気がするので御座います。

それは防戦において強い兵器であるということ。逆に言えば攻め込んでの戦いには使い辛い。

火縄銃は敵を見つけて発砲する・・・よりも敵にこっちに来てもらってから発砲する兵器ではないか?

こうして日本の戦術史は変わった。

例えば城は今まで山などの天然の要害に建てられていたがそれを平地に造られるようになった。

敵が攻め込んできても弾丸を雨霰と撃ち込む事が出来るのだから最早自然に守ってもらう必要なはくなった。

こうして日本では火縄銃が量産されていったわけですが、ここで翻って考えよう。火縄銃で負ける朝鮮・・・?

これっておかしくないでしょうかな?

なにしろ火縄銃は少し火薬が湿れば使用不可になるデリケートな兵器。

その点からいっても防戦での使用が最も適している。

つまり朝鮮での日本軍の火縄銃の活用とは①敵地に攻め込み攻撃②敵の拠点を制圧③奪った拠点を強化④拠点を攻撃してきた敵軍に射撃

といった流れで使われたはず。まさかに火縄銃を連射しながら歩いていったわけではないはずでありますが・・・。

と、なると火縄銃のせいで負けたというのはちと無理がある。

少なくとも最初の防衛戦では日本軍は積極的に射撃は出来なかった筈だし、そもそも地の利は朝鮮軍にある。

それを活かせなかった朝鮮軍に問題があるのではないか?

ハッシー君とかはここら辺の統合性が取れていない。

取れていないお陰で私の思考力が鍛えられるというものかもしれないが・・・。

聞いた話では朝鮮に火縄銃が伝わったのはこの文禄・慶長の役の時だという。

しかしその後朝鮮で火縄銃が初めて国産化されたのは幕末近だったらしい。

理由は中国が禁止したからだそうな。真実なら恐ろしい事ではないか・・・。

さて、今回は中々難しい内容で御座いました。

正直正しい内容であるか私にも判らない。

何かご指摘があったら宜しくお願い致します。

                 話者   大宅世学


ちなみに火縄銃は江戸時代になってその技術は向上し悪天候でも発射出来るようになり、部品も高級なものが使用され精度が上がり、現在の射撃大会でもしようされるようなマニア垂涎の品に仕上がっているそうな・・・。

その火縄銃は有効射程約200m、精度も30mならば静止した目標は外さないという素晴らしい銃器に仕上がっている。