日々是学ぶ!第四十回 延喜天暦の治 | 日々是学ぶ!

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歴史は糸玉のようなもの、とわたくしめは思っております。
歴史はありとあらゆる出来事が絡まって出来上がる物でどの糸を辿るかで糸玉の色は様々に変化致します。
わたくし大宅世学、未だ未熟者ながら皆様と歴史を観測し語り合いたく存じます。

さてさて、今回は大変短いのです。
だって書くことが余り無い…ごほっ。
今回は延喜天暦の治についてで御座います。
醍醐天皇の延喜年間、村上天皇の天暦年間は天皇が親政を行った時代で御座います。
藤原氏の権力が大幅に減少したが故で…
延喜年間、醍醐天皇はまず格式を整えられました。これが延喜格式で御座います。更に六国史が一つ、日本三代実録を編集し、和歌集として古今和歌集を編集いたされたそうです。
これら総ては天皇の権威が上昇する物で御座います。
更に律令制を復活させようと902年、延喜の荘園整理令をお出しになられました。この荘園整理令についてはまたいつかお話する事と致しましょう。
更に村上天皇。
このお方は皇朝十二銭の最後、乾元大宝を鋳造されました。
後撰和歌集の編集も行われたそうな。
…うむ。只の事実の箇条書きになってしまった。うーむ…
さて、この延喜天暦の治。これで藤原氏は諦めたのだろうか?
いや、全然諦めて居ない。
それが次回、969年の安和の変に繋がり、いよいよ藤原道長の時代が来るのです。
短く内容も有りませぬが、次回、宜しくお願い致します…
話者 大宅世学