年末年始に立て続けに入院予定という報を二件もらった。一件ならまだしも双方悪性腫瘍の
報。それも未だ30台の若さでステージⅢ…Ⅳの二人。私にはさほどの有為な未来は無く、
遣り過ごす日々を粛粛と送るのがルーチンだから、直面するもひょっとすると黙りこくるだけ
で終わらせるかも知れない。
来年は闘病になるというが、もう以前の自分ではなくなるのが少しの幸福の代償だったと
いうのは何故なのだろうという一人の心持ち。一方は故郷から母親が看護に来るので病魔には手加減してもらいたいという要諦。
代わることはできないし励ましも今や重荷になっている。返事はもらえない。ひょっとする
ともう言葉を交わすことがないかも知れない。SNSを見たくなくなった。次に来るのが訃報
ではないかと不安になってしまう。
人間が社会性の動物なんて嘘に過ぎない。やはりどこかで、自分でなくて安堵するところが
くそ野郎だし、決して二人に殉じることもないだろう。せめて予後が比較的良好であって
欲しいと考えるぐらいが関の山。
若いこと自体が可能性なのに、生きながら喰われるような思いを抱くような二人ではないと
思いたい。私にそんな残酷なことを考えさせる年初などない方がよかった。