
何も張り切って言うほどのことではないが、私も立派な介護離職者である。離職に至る道程
は詳しく後日思い出しながら記したい。(今日本では年に10万人介護離職するらしい。
時が流れれば介護離職しようにも人口が減少するから五桁数字で収まるでしょうからね。)
気にしないでねと。
ただ、少し触れたように離職事由に繋がる端緒は生活支援をケチられたこと。正確には
生活援助という身体介助と合わせ技で訪問介護が成り立つのだが、父は食事は口から自力で
摂り、排泄も自力で済ませることができる。必要なのは生活援助だけ。
正直に言うと時たま私が摘便を施すことがあったが上手くはいかない。医療行為そのもので
はないかと思うのだがやらされていた。他人さまのほうがよかろうがと思うが年に数度あった
…人の体に…こんなことをとは思うが少しでも取り去ると後が少し楽になるようである。
で、診察は一月に一度かかりつけ医に行くので必要ない。片側一車線の道路を信号が変わる
までには渡りきれないが、支えて歩けばいける距離にはあるし家の中は幸い狭隘にしてつたい
歩きが可能なので身体に直接の介助が必要なのではなく生活援助のほうだけが入り用だったの
で、それを畏れながらと数度お願いしたのである。
ここで縄張り的なよくわからない問題登場。ケアマネージャーは介護を受けるものから情報
を得てケアプランを構築する。のが仕事。情報は問い聴きのみならず状態を視ることでも得る
ことができるはずだが。何故生活援助をプランに取り込めなかったのかについて思い浮かぶ
疑問の市職員の言葉。『都会と違ってケアマネージャーの研修が進んでいない』という言い訳
のような述懐があったのである。
私から観れば、原因はそこではなくケアマネージャーが属する施設には生活援助を担当する
ヘルパーが居なかったところにあり、施設の管理者にはそれをプランに織り込むと他の施設に
いろいろな面で食い込まれることが許し難かったのである。
何もケアマネージャーや組織管理者が悪のでなくエッセンシャルワーカーとして更に組織の
一員として尽力して貰っているのだが、官吏の力が及ばなかったのである。仕事内容を求め
られるようアップデートするための研修を導入できなかった自治体に問題があったわけで。
ケアマネージャーというソフトやアプリがマイコンと呼ばれた初期のホームコンピューター
に載っかっている状態なのかも知れない。残念。だが、『都会』はいいよねみたいな物言いに
対し若干の差こそあれ介護保険料を一律の召し上げておいてユニバーサルサービスではない
とは何事であろうか。親父の保険料の返還を断固心の中で唱え且つこれから自身も支払わない
と、心の中で強く叫ぶのである。
そういやかかりつけ医に対してもなんかあったな。今日はここまで。
⭕今やわが自治体も手軽にヘルパー導入してもらえるらしい。役所の窓口で吠えようかと
思ったが、お断り系の係はケルベロスなので手も脚も出ません。
写真は一周忌で墓に参った時のもの。合掌。