年間451本目(月間 43本目)
2024年公開 洋画 52位 鑑賞全作品 70本中
通算 邦画 10,065本 洋画 7,703本 合計 17,7678本
1. 女性監督(女優出身)だからこそ描けた、逃げ場のない「むき出しのリアル」
- ファンタジーを排した痛々しい佇まい:今作を率いるのは、女優出身の女性監督フィーラ・バーテンスです。エロティシズムのフィルターや、サスペンスとしての安易な加飾を1ミリも許さない冷徹な演出が際なり、主人公である13歳の少女(ローサ・マルハント)の思春期特有の戸惑いや孤独を「むき出しの現実」として描写しています。彼女の好演が真に迫っているからこそ、そのむき出しの表現が画面から伝わってくる作品です。
2. 思春期の男子が持つ「無邪気な悪意」と、ブレーキの利かない本能の暴走
- 性への興味と残酷さの境界線:本作が描く最大の恐怖は、加害者が大人の犯罪者ではなく、同じ13歳の「地元の少年たち」であるという点です。思春期の男子が本能的に抱く「性への過剰な興味」が、集団心理と田舎町の閉鎖的な環境の中で最悪 of 最悪の形へと変貌していく過程が描かれています。
- 止められない本能のゲーム:彼らにとって、それはある種の無邪気な「本能のゲーム(遊び)」の延長線上にあり、だからこそ罪悪感のブレーキが利きません。男子特有の歯止めの利かない残酷さと、それに対してあまりの恐怖から完全に言葉を奪われ(声を出せなくなり)、誰にも助けを呼べない「声なき絶望の地獄」へと突き落とされる少女の対比は、観客の倫理観を激しく揺さぶります。
3. 多重的な裏切りによる「心の破壊」と、インパクト重視の不自然なラストへの疑問
- 全方位から崩壊していく少女の居場所:本作の真のテーマは、性被害そのものよりも、少女の心を全方位から包囲して破壊していく「周囲の大人や環境の邪悪さ」にあります。育児放棄(ネグレクト)で娘に一切の興味を持たない毒母の存在、唯一の心の拠り所だった男たちの急速な「オス化」による疎外、そして隣の少女への執着の果てに起きてしまう愛馬の死。それらが積み重なった最終盤、最も信じていた「友人の母親」から、一番大事な局面で決定的な裏切りを突きつけられることで、少女の心は完全に粉砕されます。
- 整合性を欠いた、インパクト最優先のラスト:しかし、大人になった主人公が仕掛ける終盤の展開には、強い不自然さと矛盾を感じざるを得ません。暴露という形で相手を絶対に許さないほどの強い憎しみがあるならば、「なぜ今まで黙っていたのか」という疑問が残ります。さらに、過去の暴露から自ら運んできた氷を使って自殺するという復讐のやり方もあまりに歪であり、観客にショック(インパクト)を与えるためだけに無理やり作った終わり方という印象が拭えません。映画としての解決も納得も提示できない、構成の破綻が残る結末でした。
- 子役の扱いにみるコンプライアンスの欠如:前半で瑞々しい等身大の少女の日常を丁寧に描いていたからこそ、これほど精神的・肉体的な負荷のかかる過酷な演技を未成年の子役たちに強いている点には、ひどく疑問が残ります。現代の映画制作における子役の保護(コンプライアンス)という観点から見ても非常に配慮を欠いており、作り手の独りよがりな残酷描写のために子どもたちが消費されている現状には嫌悪感を覚えます。
【総評】
瑞々しい少女の日常から一転し、多重的な裏切りによって心が破壊されていく過剰な演出と、観客へのショック狙いで無理やり作られた不自然なラストの展開。それを演じさせられている子役たちの過酷な扱いに、激しい倫理的疑問と納得のいかなさが残る作品でした。