論争は絶えず起こっていますね

今回は
お題として「悟りに関する論争」の構造を見ていきましょう
前提として
私(個人)としては「悟り」の概念がよくわかっていません
「悟った」と感じたこともない普通の人です
その前提で
よく見ていきましょう

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あの人は悟っている 悟っていない
この人は本物だ 偽物だ
と論争が起こる時
個人の中の国語辞典に
「悟りとは」というページがあって
そこに書かれている定義と一致するかどうかを調べています
個人の国語辞典と対象となる人物の言動を比較し
一致すれば「本物」
一致しなければ「偽物」
という判断を下します

硝子の靴を持ってその靴にピッタリの女性がシンデレラである
というおとぎ話の構造と同じことが脳内で行われているようです
判断を下したらそれで終わりな人もいますが
自分の国語辞典にそぐわない事がまかり通っていると
「それは違う」

と反論したくなる人もいます
こうして論争は起きてくるのです
各個人の国語辞典に定義されていることは千差万別なので
論争はどこにでも発生します
そして
正しい vs 正しい なので終わりがありません

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さて
その国語辞典をパタッと閉じて離れてみると
何が起こっているでしょう
直接の経験があるだけです
硝子の靴がなかったら
本物のシンデレラも偽物のシンデレラもいない世界なのです
概念の前にある経験があるだけなんです
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