ゼロ―――なにもない自分に小さなイチを足していく/堀江 貴文

¥1,470
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年末年始と縁あって起業家に触れ
自分で稼ぐという働き方
をしたいと思った。
そして一歩踏み出すために読んだ。
心に響いた文章抜粋。
『経験とは、時間が与えてくれるものではない。
だらだらと無駄な時間を過ごしたところで、なんの経験も得られない。
なにかを待つのではなく、自らが小さな勇気を振り絞り、
自らの意思で一歩前に踏み出すこと。
経験とは、経過した時間ではなく、自らが足を踏み出した歩数によって
カウントされていくのである。』
→リスクを取ることで経験を積む。
待っていても経験は得られない。
『突き抜けられる人と、そうでない人の違いは、次の一点に尽きる。
物事を「できない理由」から考えるのか、
それとも「できる理由」から考えるのか。
それだけだ。突き抜けられるかどうかは能力の差ではなく、
意識の差なのである。』
→一歩前に踏み出す場面で「できない理由」を考え、
立ち止まってきたのではないか?
どうやったらできるか。時間を作れるか。と考えていきたい。
『なにがあっても、いくつになっても
「あのころはよかった」とは口にしない。
心から「いま」がいちばん楽しいと言えるように生きていく。
(中略)
これからの自分がどんな働き方を選ぶのか。
もう一度、真剣に考えてほしい。
それは自分の生き方を選ぶことに直結する。
人はメシを食うために働くのではない。
働くことは生きること。
僕らは、自らの生を充実させるために働くのだ。』
→働き様こそ生き様。
「いま」の自分が自分らしい、最高だ
と思えるよう日々一生懸命生きなければと思う。
『人が前に進もうとするとき、
大きく3つのステップを踏むことになる。
①挑戦:リスクを選び、最初の一歩を踏み出す勇気
②努力:ゼロからイチへの地道な足し算
③成功:足し算の完了
(中楽)
成功したければ挑戦すること。
挑戦して、全力で走り抜けること。
その全力疾走のことを、人は努力と呼ぶ。』
→極めて普通。ただ、一歩目は「挑戦」なのだ。
言ったからやるしかない。その間を埋めるのが努力。
『あなたはいま、自由を実感できているだろうか。
得体の知れない息苦しさに悩まされいないだろうか。
自分にはなにもできない、どうせ自分はこんなもんだ、
この年齢ではもう遅い。
もしもそんな不自由さを感じているとしたら、
それは時代や環境のせいではなく、ただ思考が停止しているだけである。
あなたは考えることをやめ、「できっこない」と
心のフタを閉じているから、自由を実感できないのだ。
思考に手錠をかけることはできない。
そして人は考えることをやめたとき、後ろ手を回され鍵をかけられる。
そう、思考が硬直化したオヤジの完成だ。
彼らはもはや考えることができない。考える力を失ってしまったからこそ、
カネや権力に執着する。そこで得られるちっぽけな自由にしがみつこうとする。
彼らオヤジたちに足りないのは、若さではなく「考える力」、
また考えようとする意志そのものなのだ。
僕はオヤジになりたくない。
年齢を重ねることが怖いのではなく、思考停止になること、
そして自由を奪われることが嫌なのだ。
だから僕は考えることをやめないし、働くことをやめない。
立ち止まって楽を選んだ瞬間、僕は「堀江貴文」ではなくなってしまうだろう。
あなたは普段、どれくらい考え、どれくらい行動に移しているだろうか。
借りてきた言葉を語る、口先だけの人間になっていないだろうか。』
→オヤジになりたくない。その言葉に尽きる。
全てのことを自分の頭で考え、自分の意思で決める。
これは2014の抱負でもある。
『自由と責任は必ずセットになっている。
責任を自分で背負うからこそ、自由でいられるのだ。』
→ありふれているかもしれないが、この言葉重い。
『自分の人生を動かすことができるのは、あなただけなのだ。』
2014年1冊目に相応しい
挑戦する気にさせる本。
あとはどうやるかを自分で考えるだけ。

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自分で稼ぐという働き方
をしたいと思った。
そして一歩踏み出すために読んだ。
心に響いた文章抜粋。
『経験とは、時間が与えてくれるものではない。
だらだらと無駄な時間を過ごしたところで、なんの経験も得られない。
なにかを待つのではなく、自らが小さな勇気を振り絞り、
自らの意思で一歩前に踏み出すこと。
経験とは、経過した時間ではなく、自らが足を踏み出した歩数によって
カウントされていくのである。』
→リスクを取ることで経験を積む。
待っていても経験は得られない。
『突き抜けられる人と、そうでない人の違いは、次の一点に尽きる。
物事を「できない理由」から考えるのか、
それとも「できる理由」から考えるのか。
それだけだ。突き抜けられるかどうかは能力の差ではなく、
意識の差なのである。』
→一歩前に踏み出す場面で「できない理由」を考え、
立ち止まってきたのではないか?
どうやったらできるか。時間を作れるか。と考えていきたい。
『なにがあっても、いくつになっても
「あのころはよかった」とは口にしない。
心から「いま」がいちばん楽しいと言えるように生きていく。
(中略)
これからの自分がどんな働き方を選ぶのか。
もう一度、真剣に考えてほしい。
それは自分の生き方を選ぶことに直結する。
人はメシを食うために働くのではない。
働くことは生きること。
僕らは、自らの生を充実させるために働くのだ。』
→働き様こそ生き様。
「いま」の自分が自分らしい、最高だ
と思えるよう日々一生懸命生きなければと思う。
『人が前に進もうとするとき、
大きく3つのステップを踏むことになる。
①挑戦:リスクを選び、最初の一歩を踏み出す勇気
②努力:ゼロからイチへの地道な足し算
③成功:足し算の完了
(中楽)
成功したければ挑戦すること。
挑戦して、全力で走り抜けること。
その全力疾走のことを、人は努力と呼ぶ。』
→極めて普通。ただ、一歩目は「挑戦」なのだ。
言ったからやるしかない。その間を埋めるのが努力。
『あなたはいま、自由を実感できているだろうか。
得体の知れない息苦しさに悩まされいないだろうか。
自分にはなにもできない、どうせ自分はこんなもんだ、
この年齢ではもう遅い。
もしもそんな不自由さを感じているとしたら、
それは時代や環境のせいではなく、ただ思考が停止しているだけである。
あなたは考えることをやめ、「できっこない」と
心のフタを閉じているから、自由を実感できないのだ。
思考に手錠をかけることはできない。
そして人は考えることをやめたとき、後ろ手を回され鍵をかけられる。
そう、思考が硬直化したオヤジの完成だ。
彼らはもはや考えることができない。考える力を失ってしまったからこそ、
カネや権力に執着する。そこで得られるちっぽけな自由にしがみつこうとする。
彼らオヤジたちに足りないのは、若さではなく「考える力」、
また考えようとする意志そのものなのだ。
僕はオヤジになりたくない。
年齢を重ねることが怖いのではなく、思考停止になること、
そして自由を奪われることが嫌なのだ。
だから僕は考えることをやめないし、働くことをやめない。
立ち止まって楽を選んだ瞬間、僕は「堀江貴文」ではなくなってしまうだろう。
あなたは普段、どれくらい考え、どれくらい行動に移しているだろうか。
借りてきた言葉を語る、口先だけの人間になっていないだろうか。』
→オヤジになりたくない。その言葉に尽きる。
全てのことを自分の頭で考え、自分の意思で決める。
これは2014の抱負でもある。
『自由と責任は必ずセットになっている。
責任を自分で背負うからこそ、自由でいられるのだ。』
→ありふれているかもしれないが、この言葉重い。
『自分の人生を動かすことができるのは、あなただけなのだ。』
2014年1冊目に相応しい
挑戦する気にさせる本。
あとはどうやるかを自分で考えるだけ。