緑青、身から出た詩(サビ) -3ページ目

赤毛のスマートなボス

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          赤毛のスマートなボス




想像とは だいぶ 違っていた

もっと 年齢は上で

貫録がある男だと 思っていた

なにより

赤い服など 着てはいなかった


背が高く大柄な その男は

静かに 微笑むと

礼儀正しい挨拶と 自己紹介

こちら全員の 名前を訊ねた


だが 例の歌手マヌエラが 名乗った途端

驚き 喜びも露わに くだけた口調になる

 



       まさか! でも そうだ! やっぱり!

       ああ! 思っていたより 背が高いんだなあ!

       そうか 彼が大きいから 小さく見えてたんだね!

       近くで見ると 細いのにがっしりしてて

       さすが 元スポーツ選手!

       でも 化粧をしてないと 優しい顔立ちなんだね!

       後で スタッフ達と サインと写真いいかなあ?

      

       あ! カルロさん! そんなに睨まないで下さい!

       彼女の いつもの”キメ台詞”が あるでしょう?

       「アタシに敬語を使うな!!」って アレですよ

       あのコメディ、皆観てるんですから!

     

       心配しなくても 大丈夫ですよ!

       おかしな事なんて 何もしやしませんから!

       ここも危ない場所じゃ ありませんよ

       でも 嬉しいなあ! 皆のアイドルに会えるなんて!




一見 真面目で知的な雰囲気の この男が

ヤニ下がって 舞い上がって

浮かれている姿にも 驚いたが

横で 顔を紅潮させ イライラし

殴り掛からんばかりに 相手を睨みつけている

あの 相棒の2m男も

みっともないほど 嫉妬丸出しになっていて

見ているこちらの方が ハラハラする


女の方は 慣れた様子で にこやかに

やはり くだけた調子で相手をしていたが

この 意外な状況には

さすがに戸惑っているようで

エレナに 目で 応援を求めている


話をしようと こちらが口を開きかけたところを

彼は 視線と手で 丁重に制し

エレナの方へ 微笑みかける




       すみませんが まずは先に

       エレナさんと お話をさせて下さい

       まず 彼女にお礼を言わないと

       今回の段取りは 全て

       彼女が整えてくれたんですから

       エレナさん 本当にありがとう

       うちのスタッフたちも 喜びますよ

       あの ”不死蝶マヌエラ”に会えるなんて!

       ここの皆が 大ファンなんですから!


       例のコチニールはちゃんと 用意しておきましたよ

       向こうに置いてあります

       それに グアダルーペに会ってくれてありがとう

       彼女 元気でいましたか?

       婚約を破棄してまで オアハカに残った

       あの土地から 離れなかった

       PCどころか携帯電話すら嫌って 持とうともしない

       そんな 彼女とのやりとりは

       あれから 途絶えてしまって


       もうかなり前のことですがね

       オアハカでは 仕事の取引もあるし

       別れたとはいえ

       その後の彼女が 心配でしたから


       リリーのことも 気に掛かっていましたが

       エレナさんが送ってくれた動画で 安心しました

       うちのボスの 妹ですからね

       ずっと 様子を知りたいと 思ってたんですよ




今 ”うちのボス”と 言わなかったか?

この男が 例の”帝王”じゃなかったのか?

そんなはずは そうだ 確かに この男のはずだ

説明を求めて エレナを見る

心持ち 身を乗り出すようにして

その男の顔を 真っ直ぐ見つめ 話を聞いていた


だが エレナ以外の人間は皆 状況が読めず

こちらと同じように 彼女を見たので

男の方が 笑って引き取った




       そうですね とにかく まず

       うちの”ボス”を 紹介しましょう

       きっと 隣りの部屋にいますから

       呼べばすぐ 来ますよ


       レッド!! レッド!!

       おいで~!! レッド!!




やがて 男が開けたドアの隙間から

スルリと入って来た 猫


薄い赤茶色の地に 濃い赤茶色の縞模様

その縞も 渦巻のような 不思議な柄

短いが美しい毛並み スラリと優雅な体形

品のある身のこなしと キリリとした大きな目

赤い組紐で出来た 凝った首輪


音も立てず 近くのキャビネットに飛び乗ると

そこにいる人間達を 下から 冷たく見上げた




       紹介します

       これがうちの”真のボス” 〈レッド〉、です

       アメリカンショートヘアの雑種ですがね

       なかなか見事な 赤毛縞(レッドタビー)でしょう?


       グアダルーペと言うのは

       オアハカの コチニール飼育サボテン農場

       そこの女性なんです

       このレッドと 向こうに残した白猫リリーは兄妹でね

       どちらも引き取りたかったんですが

       彼女が 許さなくて


       レッドについてる この首輪

       これも コチニール染めのシルクで

       以前 彼女が編んだもの なんです

 

       先日 このエレナさんが

       向こうで彼女と会い リリーの動画も撮って

       メールで送ってくれたりしてね

       元気な姿を 久々に見ることができた

       そういうわけなんです




ちらりと エレナの方を見る

ほんのり 頬を染めて

嬉しそうに 彼を見ていて

何か言いたそうに 口元も少し 綻んでいる

 

背筋に 冷たいものが走る

何年も前 同じものを 見た記憶

どこでだったか

でも 違うのは それを正面から見たこと


しかし こんな裏社会の男 関わって…




        皆さん ご存じだと思いますが

        この”国境付近”の現状は 酷いものです

        例の”麻薬絡みの”、ですね

        アメリカ白人達からすると

        ”メキシコ人=不法移民=ギャング”=麻薬”

        そんなイメージが 出来上がってしまっています

 

        実は 父も 昔はマトモとは言えない人間で

        それも サン アントニオでは

        かなりの大物 だったようです

        晩年は 地元に貢献するなどといってね

        慈善パーティーや ボランティアの手配

        芸術家や音楽家の支援 等々

        すっかり地域社会の名士気取り でしたよ


        自分は母と 遠くオアハカに暮らしていたのを

        連れ戻され

        まあ あれこれあって 父を手伝うことにね

        その後 母も父も 亡くなって

        メキシコの伝統産業に関わる会社を

        こっちで 新しく興したんです


        染色、布地から服飾 その他の工芸

        農業、建築、造園や

        園芸用植物の栽培や輸出など 幅広く繋げてね

        アート、ではなく もっと身近な

        雇用拡大につなげる というような

        若者たちが 地元に誇りを持ちつつ 

        ”ヤバい仕事”には関わらず 暮らせるような

        

        今のように

        ”自動車生産”の”道具”として

        雑に 扱われることもなく

        アメリカや日本に 美味しいところだけ

        持って行かれることもないように

        

        もちろん まだ 始まったばかりですし

        向こうと連携しているとはいえ

        規模も 小さいものです

        続けるのは簡単なことじゃなく

        この先も 長く厳しい道のり です

        仲間も増やし 育てないと


        しかし 親が”キレイな身”になったといっても

        元の関係者や 敵対していたグループ

        怪しげなギャング連中は元より

        警察側までも含めた ”恨みつらみ”

        そればかりは 急には 無くならないものです

        ”マトモな仕事”も 隠れ蓑なんじゃないか とね

        関係の無い子供や親類でも です

        実際 伯父と姪が 撃たれて亡くなりました


        そのうち 妙な噂が広まっていったんです

        噂は一度外に出ると ”尾ひれ”がついて

        どんどん大きく 誇張されていくものですからね

        「”レッド”という赤い服の凶暴な大物がいる」

        「国境辺りを牛耳ってる」 とか なんとか


        おかしなものですね

        そうなると逆に 周りから恐れられ

        奴等から手出しをして来る事は なくなりました

        とんでもない”大物”に

        祭り上げられて しまったようなんです

        こちらは 始めから 何もしていないというのにね



        

先程から エレナの足元の手提げ籠が

ブニャブニャと 音を立てて 揺れていたが

彼が 中にいるものに気付くと

エレナが ”出してもいいですか?”と

訊こうとする前に サッと近付く




       連れて来てくれたんですか!

       これが 例の”セボラちゃん”ですね!

       開けて 出してあげて下さい!




彼女が籠の扉を 開けた瞬間

中から 猛烈な勢いで飛出し

”ボス”を 見つけた途端

ピニャー!と鳴きながら

そちらの方へ 駆け出した


突然向かって来た 見知らぬ猫に

一瞬 ビクリと驚きながらも 余裕を見せ

澄まし返って 見下ろしていたが

ガガッと キャビネットに登った セボラが

ピニャア と甘えた声で鳴き

ボシッ と頭を相手の首元に 強く擦りつけると

レッドの方は さすがにビビり

慌てたように 急いで飛び下り

凄い勢いで ドアから逃げて行ってしまった


その時の エレナの顔といったら!

本当に 見ものだった

頬は紅潮し 口惜しそうに 自分の猫を睨みつけ

あまりの怒りと恥に 口元も震えんばかり

まったく いい気味だ


セボラの方はといえば

さすがに ばつの悪い思いをしているのか

横の花瓶に生けてあった 青い花の陰

しきりに 顔を洗ったり

花の匂いを嗅いだりして 誤魔化している




       あはは セボラちゃんは 元気がいいですね!

       その花も 気に入ったかな?

       うちで大きく改良した ヴァーベナの新品種 

       〈ブルークイーン〉 キレイでしょう?

       

       まあ 彼は人見知り、

       いや 猫見知りしますからね 仕方ないですよ

       普段 近くに仲間が一匹もいなくてね

       でも 画像より 可愛いじゃないですか!

       個性的な顔も 愛嬌があって!

       ココのホクロというか ブチもね!

       セボラちゃん このままウチに来る?




そう 庇って 場をやわらげたが

最初の飼い主だった ”あの男”は

鼻の穴入口の 小さな茶色のブチから

この猫を 愛情タップリに

”鼻クソ”と 呼んでいたことを

つい バラしてやりたくなった


彼が近付いて 呼び掛けると

自分に優しいヒトは すぐ判るらしく

黙って大人しく 撫でられていたが

やがて 下に降りると

グニャ~ と 脚に擦り寄った

 

エレナも いつもの調子に戻り

セボラに近付き しゃがんで

「ネコもヒトも スマートで知的なハンサムが好きなんだよね」と

微笑み 猫に話しかける


怒りと 呆れ

何を言ってるんだ? この女は?




その時 ノックの音がして

一人の男が 入って来る


「…と呼ばないで欲しいと言っ…」という

言葉だけが聞こえたが 二人で小声で何かを話し

すぐ こちらへ振り返る




       すみません 途中で

       ちょっと重要な電話が入ったもので

       少し 失礼します

       続きの話は また 後ほど

       

       食事を用意しましたので

       皆さん どうぞ 食堂へ

       今 彼が案内をします

       私も すぐに戻ります

       あ セボラちゃんも どうぞ!



「ピニャア!」

誰よりも先に 返事をしたのは

セボラだった


エレナは 黙ったまま 笑顔で会釈し見送る

やがて 床に置いたバッグの中を覗き込み

仕事関連のファイルらしきものを

サカサカとチェックしたあと 立ち上がり

他の二人と 早口のスペイン語で話し始めた


やがて ドアから

案内の男に続いて

先に出て行った 女歌手達

女がコソリとやった 耳打ちは

意外に大きく 廊下で響き

2m男が 慌てて黙らせた気配


「エレナのカレシ ジェラシーまるだしに しちゃってえ!」



ドア口から 振り向くと

エレナは 部屋の奥の方

嫌がり騒ぐセボラを 籠に戻そうと

悪戦苦闘 しているところだった 













「ナヴァーさん、ガーデニングの知識は?」

「門外漢ですが…その花は、ヴァーベナの一種ですか?」

「正解」

「中世では魔術師と関係の深い花、ですよね?」

ホワイトは嬉しそうな様子を見せた。「そんな事まで?」  

     ~   

   「この〈ブループリンセス〉という品種は、今年始めて手に入ったんです」 彼は説明した。

   「イギリスからの輸入品ですよ。南テキサスだけで商業販売されてね。こんなチャンス逃せない」

   

   僕は首元の汗を拭った。「いつも真っ昼間に植え付けしてるんですか?」

   ホワイトは笑った。彼が上半身を起こした時、第一印象より大柄な男だとわかった。

   ベンチに座っている自分と膝立ちしている彼、互いの目の位置がほぼ同じ高さだったのだ。

   

   「ヴァーベナは元気で強い植物なんですよ、ナヴァーさん。

    デリケートに見えて、充分な日光や積極的な剪定、それに水はけのいい土も必要としてる。

     植え付けには、この時間帯がベストです。

      皆、ヴァーベナを甘やかすという間違いを犯しがちだな。

       そう、花を切るのを恐れたり、水をやり過ぎたり、無駄に日陰に置いたりね。

        ヴァーベナは優しく扱ってるとウドンコ病になりますよ、ナヴァーさん。

         恐れちゃ駄目だね、”攻め”で行くには」


   「あなたのビジネス哲学も、それと同じなんですか?10年前もそのやり方だったと?」



    RICK RIORDAN(リック・リオーダン) 

         『Big Red Tequila(ビッグ・レッド・テキーラ)』(1997年)


★メキシコとの国境に接し、”アラモ砦”で知られるアメリカの街サン アントニオを舞台にした

  ハードボイルド小説より。タイトルは赤い炭酸飲料とテキーラを混ぜたジャンクな飲物だそうです。

   この作家が現在、『パーシー・ジャクソンとオリンポスのなんとかかんとか…(←適当)』という、

    少年少女向けのベストセラーシリーズで有名な方だと、最近知りました(笑)

     ファンタジーものは小説も映画もほとんど見ないので…。

      (『ビッグ~』は昔、図書館のリサイクル古本棚から、以前に取上げた『イバーラの石』と共に

       もらって来て読んでみた本です)


   個人的にアメリカーンなハードボイルドものはちょっと苦手で

    上記の作品もあまり好みではないのですが、

     (主人公ナヴァーが、飼っている黒猫に”ロバート・ジョンソン”と名付けていたりとか…(寒))

      元ギャングのボスとのガーデニングのやりとりは興味深かったもので…。

       因みに、子供の頃、近所のワルガキから”鼻クソ”と呼ばれていた猫が本当にいました(笑)



    緑青の家では、オランダからはるばるやって来たという

     丸々と大きく立派な”ヒヤシンス”の球根で水栽培を始めました。発根待ちです。

      レトロで良い感じの専用ガラス容器をハンズで見つけてしまって(値段もレトロ(笑))、

       球根は後から慌てて買いに行きました(笑)

        しかし、最近の異常気象は身近な植物たちにも影響大、ですね。

         道端ではホトケノザやハコベ、ペンペン草達が花を咲かせて

          思いっきり”春感”を漂わせている一角があったり…。

           家では、3月~4月に咲く”朧月”が11月に花芽を出し始めてしまいました。

            …変なの。

 

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