人間と愛(2)
「手近にいて愛されるのを待っているだれかを愛する」
つまり
自分が愛おしい人を愛するのではなく、自分に愛しいと思ってほしい人を愛する
そこに人生の目的もしくは意味がみいだせる
ぼくはそのように解釈しました
と ここまで長々と記しましたが ここで一区切り
では本題に・・
先日テレビのドキュメンタリー番組で
妻を病気で亡くし、高校生の息子と小学生の娘を
男手一つで育てる方の奮闘記を描いたものを見ました
家事、育児、仕事
奥さんを奪った「がん」の撲滅運動
忙殺されるなか家族と必死に向き合っていました
物心が付き始めた娘さんと向き合い
奥さんの連れ子で血のつながりがなく、難しい年頃の息子さんと向き合い
亡くなった奥さんを想い
家族みんなを愛していました
番組の最後
がん撲滅運動の中
顔をしわくちゃにしながら遺影を抱きしめ
「母ちゃん(奥さん)が好きだ。愛おしい」
と泣いていました
この方は自分が愛おしいとおもったから、というより
愛されるのを待っているだれかを愛したから
自分の「愛おしい」という気持ちに気付いたのではないでしょうか
少し一方的で全ての要因ではないとおもいますが
娘はともかく、血のつながらない息子を自ら愛おしいとは普通思いません
愛してほしいと思っていたから愛せるのだとおもいます
亡くなった奥さんからも、愛してほしいという思いがあったから
存在しなくてもその思いが愛おしいのだとおもいます
自分発信の「愛おしい」気持ちだけでは
どちらも継続は難しいと思います
人間の愛は 互いを想い合って 初めて その間に生まれる
それは たまたま自分が好きで相手も自分が好きだった
という両想いのような偶然ではなく
愛してほしい人間がいてその人を愛する
といったほぼ必然にちかいものだと思います
先ほどの小説になぞらえると
愛してほしいと思う気持ちやその人間の存在(A)
その人間と向き合う人間の存在(B)
は、全て宇宙人が操って用意したものかもしれません
BがAに出会うのも宇宙人が操っているのかもしれません
でも
そこでBがAを愛するかどうかは本人次第
囲まれた必然のなか
愛してほしい人間を愛するかはどうかは
宇宙人が唯一残した (操れなかった)
何にも (己にも) とらわれていない本当の自由
だからそこに
生きる目的や意味、生きがい、感動を感じることができるのだと思います
目の当たりにしたTV越しの男性が家族を愛する姿
と
タイタンの妖女で感銘をうけた部分が
かなりリンクしたので
人間の愛について、ぎょうぎょうしく書きました
ほんとはもっと書きたいのですが
テーマが壮大で且つ表現と文章が下手なので止めときます
あと
今回述べた愛の形に唯一あてはまらないのが母性愛だと思います
人を愛する自分の姿 愛おしいと思う人のことを今一度考えてみましょう
久しぶりにテレビを見て少し泣きましたが
自分に置き換えてみると
もう二皮くらい剥けないと、こんな男にはなれないなと思いました
では
聴いてください
↓
Let Love Live
つまり
自分が愛おしい人を愛するのではなく、自分に愛しいと思ってほしい人を愛する
そこに人生の目的もしくは意味がみいだせる
ぼくはそのように解釈しました
と ここまで長々と記しましたが ここで一区切り
では本題に・・
先日テレビのドキュメンタリー番組で
妻を病気で亡くし、高校生の息子と小学生の娘を
男手一つで育てる方の奮闘記を描いたものを見ました
家事、育児、仕事
奥さんを奪った「がん」の撲滅運動
忙殺されるなか家族と必死に向き合っていました
物心が付き始めた娘さんと向き合い
奥さんの連れ子で血のつながりがなく、難しい年頃の息子さんと向き合い
亡くなった奥さんを想い
家族みんなを愛していました
番組の最後
がん撲滅運動の中
顔をしわくちゃにしながら遺影を抱きしめ
「母ちゃん(奥さん)が好きだ。愛おしい」
と泣いていました
この方は自分が愛おしいとおもったから、というより
愛されるのを待っているだれかを愛したから
自分の「愛おしい」という気持ちに気付いたのではないでしょうか
少し一方的で全ての要因ではないとおもいますが
娘はともかく、血のつながらない息子を自ら愛おしいとは普通思いません
愛してほしいと思っていたから愛せるのだとおもいます
亡くなった奥さんからも、愛してほしいという思いがあったから
存在しなくてもその思いが愛おしいのだとおもいます
自分発信の「愛おしい」気持ちだけでは
どちらも継続は難しいと思います
人間の愛は 互いを想い合って 初めて その間に生まれる
それは たまたま自分が好きで相手も自分が好きだった
という両想いのような偶然ではなく
愛してほしい人間がいてその人を愛する
といったほぼ必然にちかいものだと思います
先ほどの小説になぞらえると
愛してほしいと思う気持ちやその人間の存在(A)
その人間と向き合う人間の存在(B)
は、全て宇宙人が操って用意したものかもしれません
BがAに出会うのも宇宙人が操っているのかもしれません
でも
そこでBがAを愛するかどうかは本人次第
囲まれた必然のなか
愛してほしい人間を愛するかはどうかは
宇宙人が唯一残した (操れなかった)
何にも (己にも) とらわれていない本当の自由
だからそこに
生きる目的や意味、生きがい、感動を感じることができるのだと思います
目の当たりにしたTV越しの男性が家族を愛する姿
と
タイタンの妖女で感銘をうけた部分が
かなりリンクしたので
人間の愛について、ぎょうぎょうしく書きました
ほんとはもっと書きたいのですが
テーマが壮大で且つ表現と文章が下手なので止めときます
あと
今回述べた愛の形に唯一あてはまらないのが母性愛だと思います
人を愛する自分の姿 愛おしいと思う人のことを今一度考えてみましょう
久しぶりにテレビを見て少し泣きましたが
自分に置き換えてみると
もう二皮くらい剥けないと、こんな男にはなれないなと思いました
では
聴いてください
↓
Let Love Live