人間の重さ | ちこ太郎のブログ

人間の重さ

CD ♪~ CD 
アーティスト:やなわらばー  タイトル: 花  ジャンル:沖縄民謡
                            *(消音はスーピーカーをポチっと)

前記事の続きですが

人が亡くなったとして

数グラムから100グラムくらいは軽くなるみたいです


まぁ吸い込んでいた空気や水分の蒸発なんかが関係している

とよく言われています


確かにそれも関係していると思いますが

生命エネルギーがなくなると、いくらか軽くなると僕は思います


人間の生命エネルギーが仮に21gだとして

大体のひとは 軽い と思いますよね

僕も最初そう思いました


では、魂の重さ 生命の重さはどれくらいなら妥当なのでしょうか?


エネルギーとして・・

質量1gを熱エネルギーに変えると

富士山を少し浮かすことができる力になるそうです



そう考えると人間が何十年もかけて

何kgもある肉体を動かし続ける

生命エネルギーは21gが妥当かもしれません


でも21gって やっぱり 軽い ですよね

たぶん自分の生命と照らし合わせるからではないでしょうか?


例えば

遠く離れた異国で戦争被害にあい

何の罪もない子供が死んだとして、その子の命は何g?


同じ日本で通り魔被害にあい

何の罪もない子供が死んだとして、その子の命は何g?


もし、その子がわが子なら・・・、その子の命は何g?

理不尽に奪われる命が自分自身の命だとしたら 何g?



もちろんすべて 21g です


ただ 各々に対する想いのエネルギー、感じる重みは全然違いますよね

あたりまえですけど・・・・



それぞれの命に対する想いを同じにすることは

今の世の中では不可能に近いと思います


それでもこの命に対する想いの差

開きすぎではないでしょうか?


想像力の欠如 といってしまえば簡単ですが

国籍、宗教、差別、先入観、偏見、刷り込み、社会通念、情報、利便性、マスコミ・・・・・・・・

ときりがありません

こういったものに

まず基本となるべき人間の主体性が真っ先に殺されてますよね


人間の弱さの表れでもあり 完璧な人間など存在せず

こういったものは必要な部分もあり致し方ない事なのかもしれません


ただ今の世の中ではこの「人間の弱さ」の比重が

あまりにも大きすぎる気がします


「弱さ」が増すと操られた己に精一杯で

自分にしか目がいかなくなり

他人を軽んじてしまうのではないでしょうか



命の重さの誤算は 今あげたようなことが原因だと思います


わが子の命 と 異国の知らない子の命を同じように想うのは

不可能な話です

でもみんな同じ21gを抱えている真実を

想像することはできます


くだらない洗脳が邪魔をしますが

それをとっぱらってくれるのが「芸術」です


自分で作った垣根や時空、土地を飛び越え

みんなを一つにしてくれるものだと思っています


僕個人は 映画 写真 音楽が芸術です

特に音楽は思い入れが強いです

理屈抜きで想像力を掻き立て

心や体を無にして

魂を21gを揺さぶってくれます


音楽を作る人間、奏でる人間、歌う人間、聴く人間、愛する人間

が僕は好きです


音楽や映画に興味がなくても 何も感じなくても

人それぞれの芸術は必ずあります

人間だからです


芸術は真実を語らなければいけません

しょーもない芸術と呼べない芸術はすぐ消えます

素晴らしい芸術は必ずのこります

時間や国境を越え必ず 



だから そんな「芸術」が

人の想いを一つにすると確信・・

というか願いに近いものが

心のどこかにあります



人間が一つになった時

みんなが平等に21gを持っていると

純粋に想えるでしょう

その人間の重さ

微妙な軽さ

その大切さに気づくはずです



そーなると人間はおごりを捨て

自然の一部であると悟り

今起きている問題はほぼ解決できる気がします

21g × 68億 のエネルギー


人類の未来は明るい  超理想