僕の名は、Hです。
今回自分の過去に付いて書きたいと思います。
つまりませんがよろしくお願いします。

僕が16さいの時僕は荒れていたと思います。
毎日喧嘩漬けの毎日でした、自分で言うのもなんですが本当にクズだったと思います。
そんな毎日を送ってる中で自分の支えとなっている人が居ました。
お姉ちゃんです自分の家は小さい頃に母親が父親と喧嘩をして母親が出て行ってしまいました。
母親が居ないからと言う理由で社会のすべての人が憎かった何故かそんな事を思っていたと思います。
でもそんな自分を子供の様にしてくれたお姉ちゃんです。
自分は小学生の頃からサッカーと相撲をしてました、サッカーは地元の選抜選手に選ばれる程度でそんなには上手くなかったですが力には少しだけ自信があり相撲では県3位?2位?にはなった事がありそんな時でも父親とお姉ちゃんが応援に来てくれていました。
小学校ながら嬉しくてそれが変な方向にズレて暴力とゆう結果になり文句を言われれば気に食わなければ暴力となってしまい教室には置いといて入られないと保護者の方に学校側や教育委員会に電話があったそうです。
そんな僕は1人教室になってしまい僕1人担当の先生が赴任してきたりと迷惑をかけてしまっていた自分に気付かず毎日学校で好きな事をしめんどくさい事があると家に帰ってしまったりと学校に迷惑をかけました。
その時にお世話になったs先生(今では連絡を取れています)
毎日本当に愛情を注いでくれていたのにも気付かず小学校卒業となり地元の中学校に入学となりました。
入学そうそう僕の中学は3市内合併での中学で入学してすぐに他の学校だった奴に喧嘩を吹っ掛け喧嘩をしてすぐにその代では喧嘩を勝ったとゆう理由もあり有頂天になってしまい先輩達に目をつけられ入学して1週間で呼び出しを受けてしまいそこでも1人の先輩に勝ってしまい違う先輩にボコボコにされてしまい顔がマンマルになってしまいました。
ですが素行は変わらず同じ代の奴らに気に食わないことをされなければ暴力の毎日そんな事を繰り返してばかり先輩にも何回も呼び出されてはボコボコにされ骨が折れたりと(5回)も繰り返しでした。
小学校と同じで1か月で教室には居られないと言う理由で1人の教室1人の担任の先生でした。
ですが2年生にあがると喧嘩沙汰で警察が学校にきたりと多かったですが校長先生にいきなり学校に迷惑をかけている分学校の物を治すぞと言われ楽しかった事もあり色々な物を治しました。
その校長先生僕が相撲をやっていた事も知っていて僕は元々サッカー部所属だったのですが相撲部に編入させられたりと僕の為に色々してくれて放課後に相撲練習をさせられていて市内の大会があったんですがその大会で団体戦個人戦ダブルで優勝で県大会で2位でした。
そうこうしてるうちに3年生校長先生は持病の関係でやれられていましましたこの校長先生との思い出は計り知れないものがありました力仕事はこんなにもきついんだと休憩中には皆んなに内緒でアイスを食ったりと本当に楽しかったです、
そんな校長先生は顔が広がった事もあり頭も下げてくれていて僕の中学に現役大学の時には関東大会1位全国大会でもトップクラスの先生が来てくれて最終的には県大会2関東大会初戦敗退とゆう結果でしたが毎回応援に来てくれていました。
そうこうするうちに卒業です。
僕は僕の中がいい友達がいる高校に行きたかったのですが学校に部活以外では出席してなかった事もあり落ちていましました。
そのショックから暴力の生活になってしまい暴力暴力暴力と本当にクズの生活のループ仕事も1回だけ1日だけ仕事をしただけで行かなくなりクビになり同級生からカツアゲをして生活をするだけの毎日を送っているうちに暴力事件で逮捕
そんな自分を見捨てずに父親とお姉ちゃんおばあちゃん母親までが面会に毎日土日は来れないと言う事もあり毎日来てくれていました。
3週間で少年鑑別に移動そこでも毎日1か月面会に来てくれました。
でも今でも忘れられない逮捕され面会許可が下りた1回目の面会父親とお姉ちゃんが1番最初に来てくれました、その時の父親とお姉ちゃんの涙自分が惨めになったあの瞬間変わろう変わろうって胸に強く思い母親が来てくれた時も号泣なんでこんなことするのって言った母親の言葉が胸に突き刺さりました。
鑑別の結果は中等少年院送致16歳から20歳までの少年を教育する少年院に1年と言われた瞬間自分の人生やり直そうって強く思い前を見据えて父親を見た瞬間目の前が涙で歪んで見えた時父親がごめんなってごめんなってって言われて号泣なんでそんな事を言わせてしまったんだろうって男手一つで僕が遊びに行きたいとゆえばいくらでも笑ってお金をくれた父親に対し言わせてるんだろって自分が父親だったらと考えたら到底無理だって思えるくらいの事をしたり暴力で慰謝料も毎回払ってくれた父親いつもなら大きく見えた父親も小さく見えて悲しかった本当に後の時の父親は忘れられない、、、
少年院に送られてからはなにも変わらず先生に反抗的な態度を取っても父親はお姉ちゃんおばあちゃんお母さんは月二回と決まった面会院内でやる運動会も来てくれました。
そこで出会った自分の担任先生i先生にも沢山の迷惑をかけ将来の話やりたい事もいっぱいはなし自分は子供が好きとゆう事もあり保育士になりたかったのですが父親が会社を、やっていたとゆう事もあり父親の会社で働く事になったけど本当に大丈夫かと本当に自分が好きな事をやりたいんじゃあないのかと心配されましたが父親の所で働く事になりました。
そして1年とゆう月日が流れ出院に、なるわけですが最後の最後まで問題を起こしてしまい期間が延びる可能性があったにもかかわらず担任の先生が頭を下げてくれた事によって出院最後の日は色々な先生方に担任の先生今日これないけど心配してたぞって自分の為に家族の為に頑張れと言われました帰りの途中父親がバレないように泣いていました。
そんな姿を見て頑張ろうって思いました。
家に帰れば母親までが家で待ってくれていて親戚も皆んなきて大勢で食事会となり僕からは胃にはきつかったですが楽しい時間でした。
友達も皆んなその日に来てくれてとても楽しかったです。

仕事も2週間後に始まると言われ仲間が計画してくれていて60人くらい集まってご飯を食って楽しかったでも自分はこん中で悪さをしてるやつは切ろうって思い仲間にも伝えましたでも皆んな大人になっていてしてるやつは1人も居ませんでした。

そんな中仕事も覚え1年ちょうどたった矢先だった朝起きるとおばあちゃんが警察だよって泣きながら言って部屋に入ってきました。
そうです僕はまた再犯を起こし逮捕されてしまったのです。
罪名傷害事件そうです暴力です。
でも事件には訳があります。
その日は逮捕される1カ月前の事
友達と地元の祭りにいっている時に知っている友達が僕の仲間に対しお金をよこせと言っている現場を見てやめろって言った時にうるせいと言われ我慢していて仲間にも相手にするなと言われそいつはどっかに行ってしまったんです。
祭りも終わりにさしかかりその時狙っていた女の子と友達と遊ぶ事になり友達と駅に向かっていた矢先にカツアゲしていた奴から着信いきたりオメェーどこいると怒鳴られました自分はムキにならないと思っていて駅に行くから女と遊ぶぞと別の女の子とグループと遊ぶぞと言われ断った瞬間にオメェーぶっ殺すから待ってろと言われ仲間と待つ事に仲間には相手に絶対するなと言われ待っていると来ましたベロンベロンに酔っ払い臭い息を吐きながら近づいて来て行くぞオイと怒鳴られました。
行かないと何回も言った矢先にそいつと仲がいい友達も居たんですが相手にせずに居ると仲間がコンビニから飲み物や食べ物を、買って帰って来たんですがその仲間は状況を分かっておらず自分たちの方にバイクで近づいて来るとその瞬間仲間のバイクに対し蹴り入れたり仲間のヘルメット越しに物を叩いたりして自分が1番近くて止めたら俺に喧嘩売ってるのかと言われたり殺す殺すとこいよ、カスなど言われ詰め寄られたりするうちに自分も感情的になっているとその時はなにも自分はしていないのですが顔面に対し1発殴り掛かってきて自分も我慢したのですがもう1発来た時に感情が爆発相手の事を何発も殴ってしまい顔面の骨が折れてしまい全治2ヶ月の重傷とゆう事で逮捕。
逮捕された時は相手から2発殴られたから防衛防衛と言っていたのですが警察官は信じてくれず父親とお姉ちゃんが来てくれた時にまた泣かれてしまい自分も事情を説明して防衛が付いて出れるようにすると父親がいい弁護士を4人ほど雇い現場に居た仲間にも警察に事情を説明してもらい過剰防衛が認められると思ったのですが自分が担当していた警察官が認められるはずなのに認められないと言われてしまいました。
逮捕された時には仲間も面会に来てくれて精神的にもやられていて寝てる時には自分の体に傷を付けてしまうくらいやばい状況の自分を励ましてくれました。
でもその時に自分には彼女と呼べる人が居たんです。
その子も面会に来てくれて涙を流し励ましてくれました。
学校が大変だったにも関わらず手紙を書いていてくれたりとすごく励みになりました。
弁護士の先生も家族同様気にかけてくれて毎日来てくれて手続きもスムーズにいき1週間で鑑別に移りその後は友達と彼女は面会出来ないけど手紙を書き続けてくれて大丈夫と大丈夫と言ってくれました。
3週間判決の日弁護士の先生の猛抗議もあり過剰防衛がその場で認められ保護観察処分になり社会復帰母親も帰って来て家族と仲良くやっています。
長くなりましたがそれからもう2年が経ちます。
仕事は父親のところを辞め色々な事をやりたいと言ってペンキ屋さん鳶や鍛冶屋など色々な事を経験して今では仲間と順調に会社を、やっています。
今では親にも親孝行して旅行に連れて行ったりご飯を食べに行ったりと順調です。
彼女も支えてくれていて順調に生活していて将来の事まで考えています。
そんな事を考えてさせてくれた友達や家族本当に迷惑をかけたけど本当に感謝しています。
校長、少年院の担任の先生i先生は見る事は無いかもしれないし書いてある事も気付くか分からないと思うけどこうやって成長出来た自分まだまだみじめですか頑張って生活して我慢して過去の自分に戻らないようにしたいです。
皆さん呼んでくれてありがとうございます

先生や、校長先生に届いで欲しい本当に自分って分からなくてもいいから多分見れば分かると思うから届いて欲しい皆さんお願いです。
色々な所にこれを貼り付けて下さいお願いします、
先生方には感謝しかありません。
社会に迷惑を掛けていた分際ですがどうにか許して下さい今では募金活動や海外の恵まれない方に対し色な活動を許される事じゃあないけどやっています。
すいませんがよろしくお願いします。




H、Hより。