今日は先ず、あるブログで見つけたこの言葉から


『人間の生存本能は、奮闘する力、あきらめない心によって育まれるものです。

勝てるか、ではなく、勝つんだ、そう思うことが一番大切です。


奇跡は起きるのではなく、起こすのです、もう駄目だ、といわれた末期ガンの患者が

眼を見張るような回復をして健康を取り戻し生還したケースを沢山見てきました。


それらは全員、心が絶対に折れなかった人達です


精神論で言っているのではありません。

心からの治療は細胞学的な最善の一つの「治療法」である、ことは認定されている科学的療法なのです。』


あるがん治療の権威であるお医者さんの実体験から来るお話です

最後にこう続きます


『ガン細胞はあきらめたとき、何倍も増殖する、あきらめないこと、が最良の治療法だ』



私も仕事で何度もオワタな、こりゃorzってな場面に出くわす事があります

皆さんも、学校や仕事などで様々なアウチな場面を経験してきた事でしょう


でも、今も笑顔で今日を生きていれる。あの時の失敗が嘘のように・・・


何故かって?


信頼を託せる仲間がいたからです。

みんな、自分の事の様に時間も気にせず、1円にもならない事なのに動いてくれた

結果、傷口はそれ程広くなく収まりましたが・・・失敗は失敗w


でもね、最後は笑って別れる事が出来ました

悲壮感などどこ吹く風といった具合でね、爽快感というかなんか清々しかった記憶があります。



どんなに偏向した個人主義の教育を受けても、マスコミが社会の不安や不信感を煽っても消せない日本人としての道徳観が、私達にはどっかにこびり付いている


それが「忠・孝」の心です


「孝」は親孝行と言ったようなファミリーの精神

「忠」は公に尽くす人の道であるパブリックの精神、と言った事でしょうか


両方がうまく両立した文化。日本人に染み付いている徳の部分。そして自然と「忠」を「孝」の上に置くようになっているんです


いったい誰に教わったのでしょうか?・・・私自身、とりわけ学校や家庭で厳しく教育された記憶は御座いません


では何故なんだろ?


その一つとして、ぼんやりですが「日本語」なのかなぁ~と思うのです


その響きであったり文法また漢字と仮名による豊富な表情により、“日本人らしさ”と言われる感性が自然と養われるのかな


何気なく出てくる「すいません」であったり

人に物を送るときに「お粗末なものですが」とか「つまらない物ですが」といいますね

こう言った感性は大人になってしみじみ思う、いい言葉だなぁって


それは謙譲の美徳というだけじゃなくて、あなたに感謝している「心」は、どんな高価で貴重な「もの」にも代え難く、「もの」は「心」より絶対に粗末なものであると、きちっとした価値観が含まれた言葉です。



今、小学生の頃から英語を積極的に教えていくといった、教育の方向なんだそうです

特にこれに対して、それ程異論は無いのですが

ぶっちゃけ英語なんて、それをどうしても必要とする人だけが勉強すればいいものであり

日本がきちんと外国に誇れる国であれば、向こうから日本語を学んでくるようになるのだと思うのです



日本の相互信頼と言った慣習が、長い歴史の中で伝統となり美徳文化に昇華した、その基となるものは「日本語」なんだなぁ~ってね (o^-')b


最近、とっても大切な物に感じる様になりました。



以上です。



-追記-


『何かが絶たれてゐる。豊かな音色が溢れないのは、どこかで断弦の時があつたからだ。』


これは、三島由紀夫の『文化防衛論』の冒頭の一節だそうです。

その心の意味する所とは・・・


やっぱり日本が好き!
http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-626.html


例によって勝手に転載m(_ _ )m・・・とっても有名なブロガーさんの、ねずきちさんのブログです

このブログを書き終え、ねずきちさんのブログへ・・・なるほどそう言う事か、と新ためて日本に感動と感謝と納得をしました。

宜しければ、ぜひご一読を・・・ハンカチを御用意してお読みください。



以上です。