寒すぎて縮こまって寝ているらしく、
朝起きると眠る前よりきしむ体。
まあいいや。
生きているんだもの。
のろのろゆっくり手足を動かす。
気持ちのいいほうへ。



何度かこのブログで書いたけど、
私は2年間完全無欠の引きこもり野郎だった。
家事もいっさいできない。
近所を歩くことすらできない。
一日中布団の中で過ごす毎日。

この日々の中で私は
苦しみ、もがき、
自分の命の限界を一番近くに見つめ続けた。



めくるめく30代は
寂しさを恐れ、孤独を避けるように
仕事も家事も子育ても趣味も完璧に!
スーパー主婦とはあたいのことさ!
と言わんばかりに
男性的に走って生きてきた。
肩に力を入れて、歯を食いしばって、
そして心も体も損なった。



引きこもりという黒い密室の中で
死と向き合っているうちに
寂しさとか孤独が遠ざかるというより
色を変えていくように思えてきた。
漆黒から紺碧へ。
どんどん透明になっていくような。

段々にそれは
孤独こそが人間の常であるという
確信に変わっていった。

生きることはタイムリミットがあって、
老いも含め能力には限界がある。
自分の存在とは
ああ。なんて弱くて儚いのか。
そのことについても思い知らされた。



人それぞれ形、大きさは違えど、
人間て孤独や弱さ脆さが本質にあって
それを受け入れ認めることで
そこにある優しさや愛に気づけれるんだと思う。

私も暗闇でさんざんもがもがぐるぐるした
結果、
孤独を認め、受けいれ、
自分の足で立ったとき、
初めて自由になれた気がした。

生きる方向が逆回転しはじめた、みたいな。
山の頂上から
ゆっくり降りてゆく、みたいな。
そんな気分。


悲しいうた、
真冬の月、
真夜中の海がキレイなのは、
もともと人には弱さや儚さが備わっているから。

人のそういう姿に触れたときに
愛おしさを感じるのは

私たちが生きているから。
人間だから、
と強く強く感じる。