明るい緑色の髪を頭上で結わうタイタニア



男にしては珍しい髪型と、目を引く橙色のアクロニアコートを着込む彼の名前はシュッツェンと言った。
だがしかし、不本意ながらその名前は定着していない。



彼を呼ぶ人は、どいつもこいつも“ニート”と呼んだ。
確かに(これも不本意と言うか、無理やりと言うか)家族のようなアーチャーのドミニオンに出会ったときはノービス―――つまり職業には就いていなかった。
あまり表に出るのも好きではなかったし一日中飛空庭にいた時期もある。原因はそれだと分かっているが、ニートと呼ばれるのは少し辛い。


なんせ、今は回復職であるウァテスになっているのだから。
それでもニートと呼ばれてしまうのは、(何度でも言うが不本意な)あだ名が既に定着しているからに他ならない。




少し前の話になるが、家族のようなアーチャー―――シニョーレを驚かせてやろうとウァテスになって飛空庭に戻ってやった事がある。定職に就いたのだ。
しかし、武器の手入れをしていたシニョーレはウァテスの証である聖帽を被っているニートを見て


「ウァテスか。お前にしては良い職を選んだな。改めてよろしく、ニート?」


と宣ったのだ。これはもう諦めるしかないとニートは思わず溜め息を吐いた。
名前で呼ばれたいわけではなかったが、そのあだ名はどうにかならないものか…
それでも元来面倒くさがりで他人と口論するくらいなら自分が折れた方が楽と常日頃から思っているのだから、今更あだ名どうこうで騒ぐ方が馬鹿らしい。
言いたい事は全部溜め息に詰め込んだ


「…はあ、まぁ、よろしく」
「んで、ウァテスを選んだ理由は」
「…………気分っすけど」
「テメェはアホか。気分で回復職がままなるか」
「、そっすね」

どうでもよさそうに返したニートに対して盛大な舌打ちを鳴らしたシニョーレを見て、ニートはまた溜め息を吐いた。



――自分でもどうかしてると思うんだから仕方ない。



あの後、自分はシニョーレになんと言ったかと思い出してみるもうまく思考が纏まらない。
そんな時、庭に座り思考に耽るニートに元気な声が掛かった。


「ニート、暇?暇だよね?暇でしょ?」
「…なんか用っすか、エスパーニャ」
「素材集め手伝って!」


回復薬持たないでその分沢山素材集めたいの、お願い!と両手を合わせる彼女も、シニョーレと同じく家族のような存在だ。
この飛空庭にやって来たのはニートよりも遅いがそれでも彼女はニートをニートと呼んだし、そもそもエスパーニャはニートの名前を知らない。
「こいつはニートだ。適当によろしくしとけ」とかなんとか…そんな紹介をされたような気がする。折角ニート脱却をしてもコレである。




「まあ、別にいいっすけど」



断る理由も特に見当たらないが、思わず出てしまう溜め息には目を瞑ってもらいたい。そんな事を気にもしないのか、やったーと喜ぶエスパーニャを尻目になんだかな…と頭を掻いた。


「そうと決まれば早く行こう、ニート!」
「はいはい。そっすね」



緩慢な動作で立ち上がるニートを早く早くと急かすエスパーニャを見て、ふと思い出した。
あの時、シニョーレになんと言ったか。



「………さむ」
「暖いと思うけど、寒いの?」
「あぁ、いや、何でもないっす」
「…、変なの」




思い出した言葉は今にしてみれば若気の至りとして葬り去ってしまいたいくらい随分と恥ずかしい台詞だ。あーやだやだと腕を擦りニートは飛空庭を降りる。





「守りたい人がいるからって理由じゃ駄目っすかね」




だなんて、頭がイかれていたとしか思えない。
「ならファイターにでもなれば良かっただろ」と言われた覚えがある。
前衛は得意じゃない。ついでに言うなら戦闘なんて大嫌いだ。どうして平和的に解決できないのだろう。
そう思っていても、守るためなら戦闘だっていいかなと軽く答えてしまう程度にはこの家族に毒されている。
敵を駆逐するだけの力がないなら、敵を駆逐する仲間の援護をすればいい。

だから、ウァテスを選んだ。




彼の名前はシュッツェン。





遠い国の言葉で、 守る と言う意味だ。