アトムに教えられダウンタウンの南東まで来たのはいいが、案内人とやらが見当たらない。
オートマタを抱え歩くのもなかなかに疲れてきた頃ようやく案内“人”を見つけた。



「ロボじゃねぇか…」



ポツンと立っていたのは人ではなく、エレキテルだった。これがアトムの言っていた案内人なのか首を捻りたいところだがシニョーレは話しかけてみることに。



「ハジメマシテ」
「……初めまして」
「ラボヘゴヨウジデスカ?」
「あぁ」
「イチメイサマ、ゴアンナーイ」
「ご案内っていったいどこ―――っ!?」


機械らしい淡々とした口調で、それでも軽いイメージを持たせる話し方のエレキテルがそう言った途端、シニョーレの足元にあったマンホールの蓋が有り得ないスピードをもってスライドした。
油断していたシニョーレはそのまま気持ちの悪い浮遊感を伴い、姿を消してしまったのだった。




「ぐっ、つっ…いてぇ……」


ダンッと地に足を付けたはいいが、ジンジンと痛んで堪らない。これがタイタニアならまだマシなのだろうと考えつつシニョーレは足の痛みが治まるのを待った。


「あンのクソ機械…戻ったらぶっ壊してやる」
「あら。それは止めて」

突然、目の前の扉が開いたと思うと中から1人の女性が出てきた。「ようこそ、エレキテルラボへ」扉を開け放ったまま戻る女性に続くと穏やかに挨拶をされる。アトムの言っていた博士なのか、それにしては随分と若い。


「…博士ってアンタか?」
「えぇ。私の名前はクォーク。みんな、博士って呼ぶわ」
「シニョーレだ」
「初めましてシニョーレ。ご用件は何かしら?」

少し躊躇ったが、本来の口調を不本意にも聞かれてしまったため猫被りは止めた。存外気にされていないのでホッとする。口が悪いのは自覚済みなのだ。


「これを見てもらいたい」


ばさりとオートマタの包みを剥がし博士の前に出す。―――それを、刹那の速さで後悔した。


「あら!!これ、オートマタ!?」
「……、あぁ」
「どこから持ってきたの?初めて見るわぁ」
「ドミニオン界から持ってきた。これの修理を頼みたい」

キラキラとした目でオートマタを眺める博士に、変な人というのは間違っていないかもなとアトムの発言に頷いておいた。ちょっと貸してとシニョーレの腕からオートマタを奪う速さには舌を巻く程だ。
あちこちを触り、色んな角度から観察をする。初めてオモチャを与えられた子供のようなそれに、果たして大丈夫なのかと不安になった。


「修理は、少し難しいかもね」
「損傷が激しいのか?」
「いいえ。――――私が研究したいだけ」
「……ふざけんな。ソイツは俺のだ」
「なによ。ちょっとしたジョークじゃない…。でも、難しいのは本当」


―――腐っても博士か


真剣な眼差しに、シニョーレはそう思う。しかし、難しいと言われるとどうしていいのか分からない。


「DEMについても未知数なのに、オートマタなんてとんでもない。って言いたいけど、気になるから引き受けてもいいわよ」
「は?難しいんじゃねぇのかよ」
「私に出来ない事はないんだから。でも、そうね。時間はとても掛かるわ」
「それは構わない。コイツが動く見込みがあるならいくらでも待ってやる」
「あと、お金」


ニコリと笑顔を添えた一言に、シニョーレの表情が歪む。時間はいくらでも待てるが、お金となると話は別…エミル界に来たばかりのシニョーレには持ち合わせがないのだ。


「……いくらかかんだよ」
「軽く見積もって、100万?」
「ひゃ…!はぁ!?ンなかかんのかよ!」
「当たり前でしょ?これが単純な機械ならちゃっちゃと済ませるけど、DEM、しかもオートマタよ?」


ぐっと息を詰まらせたシニョーレに博士は再度笑みを浮かべる。今思えば、大層ゲスい笑みだった。


「今すぐにとは言わない。正直、ちゃんと修理出来るかも分からないからね。代金は成功報酬として受け取ってあげる」
「…いい。失敗してもちゃんと払う」
「あらあら。男前な発言してくれるじゃない」
「これくらい当然だろ。失敗したって、アンタがソイツに注ぎ込んだ金は戻ってこねぇし」


それにしても100万とは…。修理がどれくらいで終わるか想像も出来ないが、できうる限りお金を集めなくてはなるまい。軽い溜め息を吐いたシニョーレだったが、修理できるかもしれないと言う希望は持てた。


「成功しても、こりゃもう駄目ねってなっても連絡するわ」
「そうしてくれると助かる」



博士から連絡先を受け取ったシニョーレはオートマタを置いてラボを後にする。が、帰り方が不明なままだ。
行きは落ちて来た。となると、帰りの方法として浮かんだのはあまり歓迎できないものだった。


「上がるしかねぇよな……どうや―――っ」



何処かに上へと続く階段はないものかと視線を流した途端、―――足元が浮いた。落ちる時の比にはならないくらいの浮遊感が襲い掛かり悪態を吐く間もなくシニョーレは地上へと生還した。


「くそったれ!!!!」


落ちた時同様マンホールの上に戻ってきたシニョーレが最初に言った台詞がそれだ。ふわふわとした感覚が戻った瞬間、目の前に佇むエレキテルに鋭い蹴りをぶちかます。近くにいた人が思い切り目を見開いているがそんな事知ったことではない。


「最低でもこれをあと1回は体験しねぇとなんねーとか…やってられっかクソが」


未だ怒りは治まらないがそんな事よりもお金を工面することが最優先だ。倒れたエレキテルにむかって鼻を鳴らすとシニョーレは酒場に方向転換した。
クエストをこなして地道に集めようと思ったのだ。オートマタのため、ドミニオン界のため、今のシニョーレに出来ることはそれくらいしか見つからない。











それから毎日、来る日も来る日もシニョーレはクエストをこなした。東西南北各地へ赴いて、扱える属性の多さを強みに数多くのクエストを受注する。
たまにアップタウンに戻り、キャンディやアトムと食事をしたり談笑したり休暇を挟む事も忘れず、体調管理すらも万全だった。


博士から連絡がきたのは、オートマタを預けて約半年経過した頃だ。
もはやお馴染みとなった2人と一緒にノーザンへとクエストを受けにきた時だった。すみませんと席を外し、2人から距離を取る。口調の事は博士しか知らない事実だからだ。

【シニョーレ?オートマタの件だけど】
「どうなった」
【なんとか成功】
「本当か!!」

思わず大きな声を出してしまい辺りを見るが、どうやら聞かれた様子はない。ドキドキと鳴り出した鼓動に、落ち着けと声をかけ博士に意識を戻す。


「動き出したか?」
【それはまだ。今エネルギーを蓄積させてるとこ】
「こっちのクエストが終わり次第そっちに向かう」
【了解。今どこにいるの?】
「ノーザンだ。戻るまでに1週間は掛かるかもしれねぇ」
【1週間ね。その間に目覚めたら】
「いじくんじゃねぇぞ」
【……なんで分かったのよ】



アンタだからだよとは言わず、博士に念を押して通話を終了させた。キャンディ達のところに戻れば、どうかしたのかと訪ねられる。


「オートマタの件で。どうやら修理は成功したみたいです」
「へぇー。博士に頼んだの?」
「はい」
「じゃあ、あの子引き取りに行きましょう!」
「それにも頷きたいのですが、今は受注したクエストが先、ですよ?」
「よぉーし!なんだかやる気出てきました!!」
「キャンディのオートマタじゃないけどね」
「分かってるよ!」


もー、と頬を膨らませるキャンディにシニョーレとアトムは笑った。「じゃ、サクっと終わらせますか」と立ち上がるアトムに2人が続く。
念願のオートマタとの対面にシニョーレも弓を掴む手に力がこもる。



ようやく、ようやく、希望と会う事ができる。



人知れず、シニョーレの口角は上がっていた。





その後、驚異的とも言える早さでクエストを終わらせた3人は急ぎ気味ともいえる足取りでダウンタウンに戻ってきた。
しかし、案内人であるエレキテルの前でシニョーレは低く唸る。コイツは、いや、ラボまでの行き方はどうも好きになれそうにない。


「コンニチハ」
「こんにちは。ラボまで行きたいんだけど」
「サンメイサマ、ゴアンナーイ」
「ちょ、アトムさ―――っ!」
「きゃあああ!!!シニョーレさん!?」
「さ、行くよキャンディ」


低くシニョーレが唸る間に会話を済ませたアトムだが、狙っていたのかマンホールに吸い込まれたのはシニョーレだけだった。
ラボへの行き方を初めて見たキャンディは悲鳴を上げ、それすらも予想していたのかアトムはマンホールに身を投じる。残されたキャンディはおろおろと視線をエレキテルとマンホールを行ったり来たり…
だが、そんなキャンディを呼ぶ声がマンホールの中から聞こえ、ええいとキャンディもマンホールの中へと飛ぶ。

タイタニアで良かったとこんなにも感謝した事はないと、キャンディは後に語る。



「…アトムさん。アナタって人は……」
「あそこで立ち止まるわけにもいかないじゃない?」
「だからって!せめて一言声をですね」
「あー。はいはい」

ごめんごめんと謝る気のない謝罪をもらい、シニョーレはなんとも複雑な気分だった。ふわりふわりと降りてくるキャンディを見て、更に複雑な気分だ。



なんでこの羽根は飛ぶことができねぇんだ


ドミニオンの特徴である羽根が今は疎ましい。

「違う。今はオートマタだ」
今はそれを考えている場合じゃないと、首を振りシニョーレはラボの扉を潜った。


「あら。6日で帰って来れたのね」
「……急いでクエストを終わらせましたから」
「その口調」


ニコリと猫を被ったシニョーレと、後ろにいる2人を見比べまるで面白いものを見つけたと言わんばかりの笑みを浮かべた博士を殴りそうになった。
どうにか寸でのところで自制が効いたが、今度笑ったら絶対に殴り飛ばす。


「ところで、オートマタはどこに?」
「隣の部屋に隠してあるわ」


こっちよと博士が隣の部屋の扉を開けた。その瞬間、赤い弾丸が飛んでこようなんて誰が予想できただろうか。
博士の頭上を飛び越え、赤い弾丸はシニョーレに激突した。そのあまりの勢いにシニョーレは大きな音をたてて後ろへと倒れ込んだ。


「隊長!!」
「っ、た、は?」
「隊長、隊長っ」
「ちょ、まっ、何ですかいったい!!」
「さっきまで寝てたんだけど、いつ起きたのかしら」


赤い弾丸―――オートマタは倒れ込んだシニョーレの顔を小さな手でペタペタと触り、そしてもう一度「隊長」と呼んだ。



「俺はアナタの隊長ではありません」
「何言ってんだよ隊長!」
「ですから」


「だって、お前から同じ匂いがする」





「……はい?」
「誰かがずっと、俺を抱いてくれてた。お前からその人と同じ匂いがする」



だから、隊長で間違ってない。自信たっぷりに笑うオートマタにシニョーレは度肝を抜かれた。意識のないオートマタだとばかり思っていたが、何の作用があったのか記憶の中にシニョーレがいる。


「どうなっているんですか…」
「きっと、シニョーレさんの想いが伝わったんですよ!」
「キャンディさん?」
「だって、ずっと、心配そうに見つめてたじゃないですか」
「襲いかかってこられるよりマシだと思うよ?」


無遠慮にオートマタの頭を撫で付けるアトムに、キャンディも続いて頭を撫でる。おい、やめろ!と叫んではいるが、武器を持ち出し襲い掛かる気配はない。
――――そのことに、心底ホッとした。
博士からの連絡でオートマタに会いたい気持ちもあったが、少なからず博士に危害を加えているのではないかと不安なところもあった。
DEMに使役する、未知数な存在…。それが今、自身の腕に抱かれている。


シニョーレはキツく、オートマタを抱き締めていた。ぐぇ、と潰れた声も聞こえたが謝罪よりも感謝が先だ。



「ありがとうございます、博士。アナタに頼んで良かった」
「いいえ。こっちも楽しかったから」
「ありがとう、キャンディさん。アトムさん。アナタ方に出会わなければ俺は途方に暮れていた」
「別に、一緒にクエできて楽だったよ」
「はい。私も皆さんとご一緒できて楽しかったです!」


出会えて良かった。本当にそう思える。このオートマタに、キャンディに、アトムに、博士に。
この出会いに感謝した。
一度身体を離したシニョーレは真正面からオートマタの目を見つめる。とても綺麗な黄金色だった。


「ドミニオン界から連れ帰ってきたのがお前で良かった。目を覚ましてくれて感謝する」
「…隊長?」
「DEMに使役するはずのお前が、俺を隊長と呼んでくれる事が死ぬほど嬉しい」
「なっ、死ぬな隊長!!」

どこが痛いんだ!?とまた体中を触り始めたオートマタを、今度は優しく抱きしめた。



「たいちょ」
「宜しく、ニール。Nirvana。―――俺の、希望」




あぁ。どうして、こんなにも目頭が熱い。








「それで、支払いの事なんだけど」
「……アンタ、空気読めよ」