殆ど身一つでエミル界へと来たシニョーレは途方に暮れていた。
それもそうだろう。エミル界に来たのは、3ヶ月前の1度きり…知り合いと呼べる人も居らず、強いて言うならお人好しのタイタニア女性を知っているくらいだ。



「見切り発車だったか…」



自身の言葉に頷く他ない。しかし、エミル界に来るのは2度目。知り合いが居なくても当然は当然だ。知り合いが居ないのであれば、知り合いを作ればいい。
持ち前の猫被りはいったい何のためにあるのかと思い直しシニョーレはアップタウンへと入った。


「話に聞いていた程度じゃ、情報が少なすぎるな。修理出来るか否かの判断も出来やしねぇ」



前回と同じ噴水の縁へと腰掛け、包まれているオートマタを見る。シニョーレの望む平和の中にはDEMだっている。このオートマタがその架け橋となってくれれば、そう願いシニョーレはドミニオン界を飛び出した。
気長に行こう。急いて仕損じては元も子もないのだから。
思考に耽っていたシニョーレだったが、ふと辺りを見渡した。



「……あぁ」



視線の先、オロオロとしている女性には見覚えがあった。まさか出会えるとは思ってもみなかったが、これも何かの縁。ゆっくり立ち上がりシニョーレは女性に近付いた。



「どうかしましたか?」
「へ?…あ、アナタは」
「お久しぶりです…と言っても、覚えているかどうか不安な所ですが」


不安げな表情をしていたのはお人好しのタイタニア女性。それでも、シニョーレを見てホッと安心するあたりどうやら彼女はシニョーレを知り合いの部類に入れているようだ。

「覚えています。お名前を聞くのを忘れていて、また会う機会があったらと思っていたんです」
「それは…すみません。俺の名前はシニョーレと言います。アナタは?」
「私の名前はキャンディです。宜しくお願いします」
「こちらこそ。ところで、何かお困りのようですが。俺で良ければ手伝いますよ?」
「ほ、ほんとですかっ!あの、お恥ずかしい話にはなるんですけど、友人とはぐれてしまって…」


だんだん小さくなる声でもごもごとタイタニア女性―――キャンディはそう告げた。一緒に狩りに出掛ける予定だったのだが、いかんせんアップタウンは人が多い。そのせいかはぐれてしまったのだと。


「私がもっとしっかりしてれば良かったのに…」
「この賑わいなら仕方ないですよ。友人とはどのような方ですか?」
「はい、ええと…大きなリュックが特徴のエミルの女性です。職業はタタラベ」
「タタラ…ベ?」


聞き慣れない職業にシニョーレは首を傾げた。バックパッカーだろうと予想はしているが、ドミニオン界には好んでバックパッカーを生業にする人は少ない。
ドミニオンの特徴である羽根が邪魔をするからだ。シニョーレの知り合いにもバックパッカーはいなかった。ファイター、もしくはスペルユーザーだけだ。
首を傾げるシニョーレに、キャンディは「ふふっ」と笑ってみせた。

「私もこっちに来て初めて知りました。やっぱり、羽根があるとどうしてもバックパッカーになりにくいですよね」
「なれないわけではないにしろ、選びにくい職業です。タタラベとはどんな職業なのでしょう…」
「タタラベさんは鉱物を集める事が得意な人で、二次職はブラックスミスと…確か、マシンナリー?だったかなぁ」


私も詳しくないんです。苦笑いしたキャンディにシニョーレは充分ですよと返した。それより、とシニョーレは言葉を連ねる。


「マシンナリー…気になりますね」
「機械がお好きなんですか?」
「あ、いえ。そうではなく…少し、野暮用と言いますか……」

マシン…機械と名のつくくらいだ。きっとDEMやそれに従ずるオートマタに関する知識もあるだろう。
それをどう伝えればいいものかと濁したシニョーレに、今度はキャンディが首を傾げる番だった。考え込むように口を閉ざしたシニョーレに抱かれる大きめの包みが答えなのだろうか。
訊ねてみようと口を開いた時、シニョーレが縦に頷いた。


「キャンディさんにも聞いてもらいたいですし、今はそのエミルの女性を探す事を優先しましょう」
「え、あ、はいっ」
「何の事かさっぱりだと思いますが答えは後でお教えします」
「分かりました!頑張ってアトムさんを探しましょう!」
「あぁ。その女性はアトムと言う名前なのですね」
「あれ?私、言ってませんでしたか?」
「…今しがた聞こうと思っていました」
「え、え!ごめんなさい!!」


あわあわと慌てるキャンディに一抹の不安を覚えたのはニコリと浮かべた笑顔の裏に秘めておいた。

それから暫く。二人でアップタウンを捜索していたが、それらしき人物は見当たらない。時間の経過と共に暗く曇っていくキャンディの表情は、まるでウェストフォートの人たちを見ているようで胸が痛む。


「どこに狩りに行く予定だったのですか?」
「……北です。ノーザンの方へ足を向けてみようって話になって」
「アップタウンにいないとなると、先に一人で向かってしまった可能性もあります。俺たちも行ってみましょう」


オートマタの情報を得ずにアップタウンを離れるのは利口ではないような気もするが、手掛かりとなる人物がいないのであれば仕方がない。
アップタウンを抜けて北可動橋へと降りた時、「やっと来た」と声を掛けられた。


「あ、アトムさん!」
「遅いよキャンディ。何してたの?」
「アトムさんを探してて…」
「は?私、ここに居たけど?」
「えぇ!?」
「てゆーか隣の人誰?一緒に行くの?」

壁に寄り掛かっていたエミルの女性がキャンディの探していたアトムさんで間違いないらしい。こんな事なら早々にアップタウンを出るべきだったとシニョーレは内心で舌を打つ。
そんな内心は微塵も出さずに笑んでみせた。

「初めまして、シニョーレと言います。キャンディさんとは以前お会いした事がありまして」
「アトムさんを探すの手伝ってくれたんだー」
「あぁ。なるほどね」

「なんか迷惑かけたみたいでごめん」と口にしたアトムは、よっこいせと壁から身を離しその先のアクロニア平原へと向かう。しかし、シニョーレはそれを止めた。聞きたい事があるのだ。


「すみませんアトムさん。職業はタタラベとお伺いしましたが、知り合いの方にマシンナリーはいませんか?」
「え?あー、私もタタラベになったばっかだからね。知り合いらしい知り合いはいないんだ」
「…、そう、ですか」


楽観視しすぎていたのかもしれない。解決の糸口が見つかったと思ったが、よくよく考えてみればこうなる事だって予想できたはずだ。

「ギルドにいるタタラベマスターに聞けば誰か紹介してくれるんじゃない?」
「ギルド……」
「さすがに、何で紹介してほしいのかって聞かれるとは思うけど。聞かれてマズイ事だったりするの?」
「いや、多分…大丈夫だと、思いたいですね……」


正直、よく分からなかった。ドミニオン界でDEMは忌み嫌われる存在だがそれがエミル界でも同じなのか。分からないからこそ、オートマタを包み視線に晒されないようにしていた。
シニョーレは思案した。ドミニオン界から出てきたばかりの自分よりも、エミル界に長くいる人物に聞いてみるのが一番かもしれない。それこそ、目の前にいるアトムに訊ねてみてはどうだろうか。
いや、そう思ったからこそ自分はこうしてアトムを探していたのだ。



「アトムさん。キャンディさん。俺に時間を貰えませんか?」



意を決して、シニョーレはそう口にした。


あまり一目につかない場所がいいのですが。と言ったシニョーレに、ならダウンタウンの裏手はどうかと進言したのはアトムだった。3人で裏手まで行くと、シニョーレは徐に手にしていた包みを剥がす。

「何ですか、これ…」
「初めて見た。ネコマタ、にしてはちょっとごつい気がする」
「これは、オートマタと言います」


口火を切ったシニョーレはここまで来た経緯を2人に説明した。説明をしている間、2人は黙ってシニョーレの言葉を聞き、ときおり難しそうに顔を歪める。


「エミル界で、DEMはどんな存在なのでしょうか…」

最後にそう締めくくったシニョーレは不安げにオートマタを見た。動く気配のないオートマタはシニョーレの希望でもあった。どんな些細な事でもいい。とにかく、今は情報が欲しかった。


「…こっちじゃDEMは見かけない」
「―――え?」
「私も、エミル界に来て一度も拝見した事はありません…」
「まさか…そんな……」
「聞いた事がある――って程度のもんだよ」


目の前が真っ暗になった気がした。じゃあ、自分は何のために故郷を捨ててエミル界に来たと言うのだ。呆然と立ち竦むシニョーレを心配そうに2人は見ていた。

ギッと強く唇を噛む。諦めそうになる自身を酷く詰った。


「聞いた事がある程度、と言いましたね」
「ん、あぁ」
「それで充分です。聞いた事があるのなら、文献にしろなんにしろDEMについて知っている人がいると言うことですから」


ふーっと息を吐いたシニョーレが少しばかりお手あげですがねとぼやく。タタラベマスターに大人しく相談してみる他、出来る手段はなさそうだ。この世界でのDEMの立ち位置は謎と言うことで保留にしておこう。


「お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。俺はギルドの方に行ってみます」
「いえ、私たちもあまり良い情報を持っていなくて…ごめんなさい」
「話を聞いてくれただけで有難かったですよ。アトムさんも、ありがとうございました」


未だ心配そうなキャンディにお礼を述べる。アトムにも続けてお礼を言ったシニョーレだったが、アトムは「うーん」と頭を掻いてなにやら考え込んでいるようだった。


「まぁ、マスターの方に行くのもいいと思うけど、取り敢えずって感じで教えとく」
「…はい、」
「ダウンタウンにエレキテルラボって場所があって、そこの博士なら何か知ってるかもね」
「ラボ…?ここにそんな場所が?」


正直、ダウンタウンは下町風情の少しくたびれた場所だ。ラボと呼ばれるものがあるようには到底見えない。そんな場所があるとするならアップタウンの方ではないのか。
シニョーレの疑問を感じ取ったアトムは軽く肩を竦めて、


「変な人の考える事は常人には理解できないからね」


と言った。あんまりな言い草にキャンディは苦く笑い、シニョーレはポカンと口を開ける。急いでその口を閉じるともう一度アトムにお礼を言う。


「ありがとうございます。ギルドに行く前にそちらに寄ってみます」
「うん。ダウンタウンの南東あたりだったかなぁ。案内人がいると思う」
「はい。お二人とも、本当にありがとうございました」


「私、何もしてないよ」と八の字に眉を下げたキャンディだったが、彼女に出会わなければアトムに会う事もなかっただろう。
そんな事はないとキャンディに言っても彼女を困らすだけだと思ったシニョーレは首を横に振るだけに止めた。


「それでは、まだ何処かで」
「はい!お会いできるのを楽しみにしています」
「今度は一緒に狩りにでも行こうか」

手を振るキャンディと片手を挙げたアトムに別れを告げ、シニョーレは南東を目指して歩き出す。気分は藁しべ長者だった。