“ヘルサバークからウェストフォートへ、DEMの進軍が確認された。総員、急いで現場に向かってくれ”




シニョーレが初めてエミル界を訪れてから早くも3ヶ月。今日もこうしてシニョーレは戦いに身を投じるべく矢束を掴んだ。
レジスタンスのみが持つことを許されたトランシーバーからは聞き飽きたレジスタンスリーダーの声。
眠っていようと床に伏せっていようと、彼の声を聞けば条件反射に身体は動いているのだから笑ってしまう。


「……勝つぞ」



愛用している弓を握り締め、誰に言うでもなくシニョーレは宣言した。










「っは、殲滅、したか…?」


走れるギリギリまで詰め込んだ矢はもうすぐ底を尽きそうになっている。荒く呼吸を繰り返しながら辺りに視線を巡らせてみるが対象であるDEMは見受けられない。
しかし、安心はできないのだ。矢の射れる限り、身体が動く限り、シニョーレは活動を止めるつもりはなかった。他の味方はどうなった?加勢に行かなくてはと走り出したが、シニョーレはその足を直ぐに止める事となる。




「何だ、アレは」



走っている間も辺りに視線を巡らせる事は欠かさない。大きな岩陰に在った“ソレ”を見つけたのは偶然とも言えよう。



「オートマタ?」


不用意ではあったが近付き“ソレ”をまじまじと見る。全体的に赤い“ソレ”は、話に聞いたことのあるオートマタだった。実物を見るのは初めてだがDEMに使役される存在だとシニョーレは認識している。生きているのか死んでいるのか、その判断すらもできない代物にシニョーレはそっと触れてみた。



“総員聞いてくれ。DEMは去った。今回も勝ちだ”


ざざっとノイズ混じりの声に触れていた手を思わず離す。戦いが終わったのなら、長居は無用。自宅に戻り武器の手入れをしなくては…
そう分かっていても何かに縛られたようにこの場から動けない。



気が付けば、シニョーレはオートマタを抱えていた。
満身創痍とはいかずとも、大小様々な傷を作ったシニョーレには酷な労働である。だが、触れた時の柔らかさはDEMには無いもので、機械的ではない重さがシニョーレの心を揺さぶった。
リーダーには何と報告しよう。DEMに使役する存在であるオートマタを(生死は問わず)連れ帰るなんて前代未聞だ。
懲罰が与えられる事も無いとはいえない。そうだとしても離すつもりにはなれず、シニョーレはウェストフォートへと帰還した。





「おいシニョーレ。何だソレは」
「オートマタだと思われます。戦場に倒れていたので、拾ってきました」
「ひろ…っ、お前なぁ!それがどんなやつか知っているだろ!!」
「DEMに使役する存在――としか」
「充分だ馬鹿野郎!!」


レジスタンス本部へ赴いたシニョーレは、やっぱりかと内心で溜め息を吐く。激昂するリーダーを予想していただけに話の内容はうんざりだ。
やれ危険だ、やれ忌むべきものだと渾々と説教を垂れられ表情に出さないように努めていたがバレてしまったらしい。


「犬や猫とは違うんだぞ。その意味、分かってるか」
「もし、このオートマタが生きていた場合。真っ先に刃を向けられるのは俺でしょうね」
「そうしてお前が死んだ場合。そいつの矛先は街の人にも向けられる」
「一気に戦争ですね」
「あっけらかんとしてんじゃねぇぞ。テメェの責任だ。落とし前はどう付ける」


あぁ、やはりそうなってしまうのか。目の前で怒るリーダーに、そう言いたくて仕方がなかった。どう付けると聞いているが、きっとリーダーの中で答えは出ているに違いない。
―――分かっていても、悲しいものだ。


「俺は、ドミニオン界を去ります」
「…………分かってんなら、なんで連れ帰ってきた」
「確かにDEMは俺たちを脅かす存在です。でも、コイツが同じだとは思えなかった」
「違うって確証もねぇだろ」
「可能性に賭けたいんです」



折れないと分かったのか、リーダーは息を吐くとガシガシと頭を掻く。シニョーレは淡白でいて周りに関心を示さないような奴だった。
ただ一つ、シニョーレが関心を示すことがあるとするならドミニオン界の平和だ。その為なら自分を簡単に犠牲に出来る。
そんなシニョーレが変わってしまったのは、エミル界に行ってからのことだ。今となってしまえば休暇を出したのが良かったのかと思うほど、彼は変わった。



「変わったなシニョーレ」
「きっと、この選択は間違っていません。巡り巡って、平和に繋がります」
「―――あーあーあー。自分の力を信じる頑固さに、愚かさが混じったか。総じてお前は馬鹿になった」


左手で顔を覆ったリーダーが、もう片方の手でシッシッと手を振る。


「今日を持って、お前はレジスタンスじゃない。何処へでも行け」
「…リーダー」
「トランシーバー置いて失せろ」



疲れたと言葉の端々に滲ませたリーダーはそれ以上口を開くつもりはないようだ。腰に着けていたトランシーバーを外したシニョーレはリーダーの座っている机にそれを置くと、スッと息を吸った。



「俺は帰ってくる。この選択が間違ってねぇって証明するために、絶対に戻ってきてやる。それまでくたばんじゃねーぞ」



まるで捨て台詞のような言葉を吐いてシニョーレは本部を後にした。大きめの布に包まれたオートマタを抱え、向かう先はエミル界。
故郷を捨て、仲間を捨て、DEMに使役するオートマタを選んだ。
この選択は間違っていないと、シニョーレには分かっていた。直感でしかなくとも、そう断言できた。