桃井かおり・岩下志麻主演の映画、『疑惑』を見た。

とんでもない映画を見た。 見た後にまず思ったのは、それだった。

正直、見終わった後は、しばらく動けなかった。

 

ストーリーとしては大したことはない。
保険金殺人をめぐって裁判が行われ、果たしてこの容疑者は被害者を殺したのか、それとも無罪なのか、

それを問うだけである。

 

だから、いわゆるサスペンス映画としてこの映画を見てしまったら、この作品の本質を見誤ることになる。


では何がすごいのか。

まずはなんといっても、主演・桃井かおりの存在感だろう。

なんという、怪物的な女優だろうか。改めて、そう思った。

この怪物的な女優の演じる怪物的な女、
それでこの映画の半分くらいは決まっている。

あとは岩下志麻、柄本明の3人で8割方決まったようなものである。
とにかく、この3人の得体のしれない異物感がすさまじい。
はっきり言って、ここにおける桃井かおりは決して美しくはない。

岡本太郎的に言えば、いやったらしい。
こんな人間は、ふつうに考えれば、嫌われる。

しかし、そもそも、女優は必ずしも美しい必要もなければ、好かれる必要もないのだ。
どんな人間であれ、ひとりの人間を・おんなを演じること、それが女優である。
最近の日本映画を見て感じるのは、なんだかよくわからない違和感なのだが、
つまりそれは、こぎれいな美男美女ばかりを出してよしとしてしまっていることではないか、と思う。

 

その他にも小林稔侍、鹿賀丈史、山田五十鈴、三木のり平、名古屋章など
決して美男美女ではないが、すばらしい役者が次々に登場して、素晴らしい演技を見せてくれる。

桃井演じる球磨子は美しくないだけでなく、徹頭徹尾、イヤな、ダメな悪い女である。
しかし、彼女はそんな自分が好きだし、この生き方を変えない、という。
さらには岩下志麻演じる女弁護士・佐原に向かって、
あたしあんた嫌い、あんたも自分のこと好きじゃないでしょう、とまで言う。

しかし佐原は毅然として、私は私の生き方で生きていく、なんかあったら言いなさい、あんたの弁護引き受けるわ、
そう言い切って、去っていく。

この迫力。
これは、女優・岩下志麻のキャラと演技力だけから出ているのではない。
たとえば佐原が愛娘のもとを去っていくシーン。
娘とはこれでほぼ永遠の別れとなるというのに、
娘を抱擁するでもなく、泣くでもなく、なにごともなかったように、毅然として速足で立ち去っていく。
(ダメ映画だったら、ここで号泣しながら娘を抱擁、その後走り去る、みたいな演出になる)

その背中の演技と演出のキレ。


そこに、母としての愛情、あまりにもうまくいかない自分の人生への憤り、そしてそれでも生きていくという覚悟、
それらすべてをこの背中で語らせているところに女優・岩下志麻の尋常でない凄みと、
名匠・野村芳太郎の演出手腕が凝縮されており、感服した。

そして、もう一人忘れてはいけない柄本明演じる秋谷記者。

彼も、非常に不気味な、いやったらしさを感じさせる。

しかし彼に不快感を感じるとすれば、それは柄本明いう役者が不快なのではない。
彼が背負っている世間が不快なのである。
柄本明の演技が凄いのは、その得体の知れない不快感を感じさせるところなのである。

そのキレは奇跡的ですらある。

 

つまり、それら全てを含めて、この世の中、どうしようもない、いやったらしい奴ばっかり、
うまくいかないことばっかり。
しかしそれでも、喜びもあれば生きがいもある、
だからとにかく、自分なりに生きていくしかない。

上の佐原の言う「私は私の生き方で生きていく」、「あんたの弁護引き受けるわ」というのは、

そういった人生や人間のどうしようもない部分を、すべて「引き受ける」、その上で私は生きていくのだ、

という決意表明である。

そこにおける人間の姿、強い覚悟が、感動を与えるのである。


シビれる。

そして、その直後のラスト。
ここにおける桃井の表情。
ほんの数秒だが、たばこを吸いながら、泣き笑いの表情を見せる。それだけである。

しかし、衝撃だった。なぜか。
球磨子は、上に「怪物的」と書いたが、別にとんでもない猟奇的な犯罪者だとか

我々には全く理解できないような変わり者とかいうことではなく、

むしろ我々と変わるところのない、普通の人間なのであって

つまり生きていれば泣きたいくらい悲しいこともあるけれど、涙がでるほど嬉しいこともある、

それが人間であり、人生なのである、
それを、上のラストシーンにおける数秒の表情で語っているからである。


結論めいたことを言ってしまえば、
それを、とてつもない凄みと迫力を以って、再認識させてくれたのが、この『疑惑』であり、
これを見て感動するということは、そういうことなのだ。
本当に素晴らしい、奇跡のような、本物の映画だと思う。

 

シビれる。

2回言うけど。



ちなみに私はこの映画を、中学生くらいの頃に一度見ている。
でも、とにかくこのラストに衝撃を受けたことしか覚えていなかった。


なんだ、この終わり方は??と、ものすごく混乱した記憶があるけれど、
今回もやはり、このラストがいちばん印象的だった。