鹿島建設設計部の模型室でアルバイトをしていた時、
「オーイ樋口電話だぞ」という声がして、
電話に出ると東野芳明 - Wikipediaさんだった。
ここにいるなどと誰も知らない筈なのにどうして調べたのだろう。
そして話の内容は第9回現代日本美術展(1969年)の
私の作品「エア コンディショニング」がコンクール優賞になった
との知らせだった。
もちろんメカは中学時代の級友、当時ソニー本社の開発部にいた
岩野浩さんに頼った。ビニールの風船のふくらましは専門の会社にお願いした。
送風器やスイッチなど電機系部品は秋葉原で調達した。
樋口正一郎 「エア コンディショニング」'69 5/10~30 東京都美術館
現代美術の作家にとって、全員と言っていいほど、
コンクールに参加する総合バトルロワイヤルみたいな、
その頃現代美術の公募展が多い中で圧倒的に頂点の、
毎日新聞社主催の公募展だった。
関根伸夫 - Wikipediaをはじめとして多くのスターを輩出し、
小説界での芥川賞のイメージだった。
授賞式後のマイクへの登壇では内気な、
人前で話すことなどなかった私には何も喋れず数秒で終わった。
やったナーと駆けつけてくれたのは芸大大学院の生の岡本銕二さんだった。
その後、美術館の日美アルバイトで一緒だった島村さんら7,8人ほどで、
東京都美術館の近くにある上野精養軒でビールで乾杯をした。
皆と別れ、上野公園を歩いていると福田繁雄 - Wikipediaさんに会った。
有楽町に行くというので一緒に歩いていると
池田満寿夫 - 検索さんにも会った。
有楽町駅で降りて、なにかお祝いをしようと二人について行く。
美術の世界も変革が始まったとか、
新しい時代の幕開けなどと励ましてくれた。駅前の2階の和食の店だった。
それまでお祝いをしてもらった経験がなかったので、
特に池田満寿夫さんのように初対面であったので、一層嬉しかった。
福田さんについては、それぞれのお台場での作品と
フランス大使館でのオープニングパーティでの思い出などを
またの機会に触れる。
池田満寿夫さんの表現は棟方志功に通じる
健康的で日本的なエロスを追求する人と思っていたので、
佐藤陽子さんに会ってなるほどという感じがした。
東野芳明さんとは’日本万国博覧会 - Wikipedia(1970.3.14~9.13)/
万博美術館での東野さんの企画・プロデュースした
「Home my Home万国博で一番小さなパビリオン」でご一緒した。
そこでは、万国博で一番小さな究極の日常生活を集約した。
作家は樋口正一郎、永松勇三、大西清自、小島信明さんら計9名で
共同制作した。私はアルミで鋳造したテレビを展示した。


